on the tightrope

「肉塊」

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2001年4月27日(金)

僕は結局朝下ムラで諦めたナナシーに納得が行かなくて戻っていた。その直前まで打っていたわんパラが持ち玉だったのだが、ムラを考慮してもやっぱり足りないことに気付き、玉を流して一度は帰ろうと思った。しかし、明日からゴールデンウィークが始まると思うと今日ぐらいは納得が行くまでできる限り打ちたかったので、性懲りもなく4時近くから現金投資を始めてしまった。ところがこれが予想通り回る。朝はどうしても20回に届かなかった台が、楽に22・3回で回る。釘からいけばこちらが本来の姿のはずである。今日の収支的にはまだマイナスだ。とにかく今日は打てるところまで頑張ってみようと思いながら。

朝からトータルするとこの台に対して二万円寸前の投資でようやく当たった。ほっとしながら当たりを消化して、あとはこれで打ち切れるかどうかだけだとトイレに行って一息ついたあと席に戻ると、なにやら妙な予感というか嫌な感じが後方から漂っている。ただならぬ雰囲気にふと後ろを振り返ると、それはあった。

醜悪な肉の塊がこちらを向いている。椅子に逆向きに座ったそれは、背もたれからまるでしわしわの脂肪やら肉が垂れ下がっているようである。それはもの凄く体脂肪率の高いおばさんであった。いや、おばさんだと思う。一見すると水死体かゾンビかと見まがうばかりである。映画「セブン」の最初に出てくる、ミートソースに顔を突っ込んだ太り過ぎの死体が印象としては一番近い。それが歯の無い顔をこちらにむけて、死後硬直のような笑みを浮かべながらこちらを見ている。薄気味悪いことこの上ない。

それでも僕は本日最後の挽回のチャンスを得たことで、悪寒を感じながらも我慢して打つことを再開した。ガラスの隅っこに移るそれはまだそこに鎮座している。意識の外に追い出して集中しようと努力するが、それはどうしても目に入ってしまう。人一倍神経質な僕はそれがアタマから離れない。しかし、台の方はまた当たってくれた。ついでに連チャンもしてくれた。その間に例の塊はぬそっと立ちあがるとシマの周囲をうろうろとぶくぶくに太ったからだを揺すって歩き回り、場所を変えながら空いてる席に座っては打たずにただぼうっと見ている。例の妙な笑みのようなものを浮かべながら。そのうちに立ちあがっておもむろに台のハンドルを握ってただぼうっと立つという謎の行動を始めた。さすがはゾンビである。

相変わらず僕の台は好調に当たってくれる。しかし背中側をうろうろする例の塊の行動が気になってしょうがない。僕以外の客は一向にそれを気にするそぶりがない。もしかしたらこれは僕にだけ見えるものなのだろうか?知らぬ間に僕は観察を始めてしまう。頭の両側に輪を作る髪形、上が白のTシャツに下が紫のパンツにウエストポーチといういでたちは、明らかに大陸系だ。頬骨がせり上がり(もしかしたらそれも脂肪かも知れない)妙に日焼けしてむくんだような顔も。

またそれが近付いて来た。僕はまた嫌な感じを覚える。と、おもむろに隣に来ると、隣の席に500円分の玉とケントのメンソールを置いた。ゾンビのクセに洒落た煙草を喫っている。た、助けてくれ。来る。ついに来る。しかし、僕の台は相変わらず快調に回る。僕のからだに染み付いた習慣はひたすら打てと命じている。

のそ、という感じでそれはついに隣の席に座った。僕が置いたペットボトルのすぐ脇で、ぶくぶくに膨れ上がった手でハンドルを掴む。見るとそれはしわしわだ。全身たるんだ肉はみなしわしわなのだ。僕は戦慄を覚えた。

それは500円分の玉をあっという間に打ち切っても、しばらくハンドルを握ったまま盤面を見ていた。そして、その体勢のまま、僕とは反対の隣の席をしばらく覗き込む。ああ、助かった。こちらを向かれたら僕はどうなったか分からない。恐怖のあまり脱糞したかもしれない。ようやくそれはのそっと立ち上がった。よかった。どこかに行ってくれ。だがそれはまた席を変えてそのしわしわで醜く膨れ上がった身体を椅子に押し込む。僕はさっきから恐怖で心拍数が上がりっぱなしである。おまけに真面目な話ちょっと鳥肌まで立っている。

それは相変わらず後ろの通路をうろうろと歩き回る。僕は背筋に悪寒を覚える。だ、ダメだ。怖過ぎる。この妖怪はいつまで経っても立ち去る気配はない。もう限界だ。僕には逃げ出すしか手はない。玉を流すためにボタンを押して店員を呼ぶ。この怪物にはとうていかなわない。ああ、怖かった。

本日の収支 +6,500

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