僕の日記をマメに読んでいる人なら御存知だろうが、今の僕、というか最近の僕は性欲減退に悩んでいる。それは歳のせいでしょう、と考えるのは早合点。僕はそこまで歳ではない。とにかく、近頃は減退を通り越してほとんどないと言っても差し支えないぐらいなのだから、悩むことしきりである。放っておくと、性的なことは何もしない。ぼんやりと性的なことを考えることはあるが、欲望も興味もない。これは一人の男として、大問題である。
原因はなんとなく分かっていて、僕がこの5年ばかり医者に通っている鬱病(とパニック障害)のせいである。一番可能性が高いのは、薬の副作用。今の性欲減退がなんとなく兆候が現れたころ、ネット上で薬を調べていてそういった副作用があることを発見した。すかさず医者に相談してみると、確かにそういう副作用も可能性もあるという。しかし、医者のアドバイスは、パートナーに理解してもらってください、という冷たいものだった。最初にそのことを医者に尋ねてからもう随分と経つけれど、それ以来回復しているかというと、むしろ悪化の一途を辿っているのだった。フロイトは人間のすべての情動を性欲に結び付けて考えた(うろ覚えなので間違っていたら申し訳ない)が、フロイト的に考えれば今の僕は人間としてのパワーとモチベーションをすべて失ったことになるのだろうか?
確かに、最初に性欲減退に気づいたときに一番気になったのは、意欲の減退である。なにかをしようとする意欲も減退してしまうのだ。意欲がなくなると目的もなくなる、あるいは希薄になる。人生が楽しくなくなる。今の僕が悩んでいるのはまさにそれだ。ま、目的は失ってはいないけれど、なんのための目的かというところまで辿りつくと途端に曖昧になる。ともあれ、部屋で一人でぼうっとしていると、いったい何をしたらいいのか分からなくなる、ということがよくある。そう考えると、いかにこれまで性欲が僕という人間のモチベーションになっていたかということを改めて思い知ることになる。そんな風に毎日を過ごしていると、必然的に気が滅入ってしまう。鬱然としてしまう。はて、これこそ鬱病ではないか。簡単に言うと、そうだな、バイタリティーというものを失ってしまう。フロイトが正しいのかどうかという議論はさておき、性欲とバイタリティーは密接な関係にあるとは思う。少なくとも男性にとって。もちろん性欲だけがバイタリティーの源となるわけではないが、そうじゃない場合というのは、恐怖とか不安とか、要するにネガティブなものになる場合が多い。恐怖や不安に駆られて活動的になるというのもあまりいただけない。少なくとも前向きではない。
つい先日もあまりに気になるので医者に再び相談をした。すると、薬の副作用だけではなく、鬱病が原因でなることもあるという。とすると事は簡単には収まらない。薬の副作用であれば薬の服用を控えれば復活するらしいが、鬱病が原因であるとすれば薬の服用を止めれば逆に悪化することも考えられる。病気が原因とすれば薬を飲まなければならず、その薬の副作用で性欲減退してしまったのでは元も子もない。まさにあちら立てればこちら立たず、袋小路である。
ところで、Aセクシャル(アセクシャルもしくはエイセクシャル)というものを御存知だろうか? 僕もつい最近知ったことなのだが、元々性欲がない、あるいは極端に薄いという性的志向のことである。つまり、ハナから性欲を持たない人たちがいる、ということである。彼らは恋愛はするけれどもそこに性的関係を求めない。あるいは、まったく恋愛感情を持たないという人もいる。Aセクシャルの人たちはいったいどういうモチベーションを持って生きているのか。簡単に言えばゲイの人が異性のみの場所に放り込まれた状態、あるいはその逆を想像してもらえばいいかもしれない。こういった人たちに比べれば、僕の悩みは小さいものなのだろうか。欲望を持たないというイメージはなかなかそうじゃない人にとっては掴みにくいものだろう。
僕のように、かつては性的欲望の塊のような人間であったものにとっては、今の事態は実に深刻だ。意欲が湧かないということがもっとも深刻な悩みである。そうなると必然的にネガティブなことばかりが原因となって動くことになる。ネガとポジが反転するには、欲望というものが必要となる。いや待てよ。そういえば修道僧はどうなるのだろう? 仏門に入った人は? まあ僕は信仰というものを持たないので分からない。しかし、僕には彼らの信仰というものはいささかネガティブなものに映る。現実からの逃避に思えてしまう。少なくとも、せっかくある欲望を抑えることは健康的ではない。
僕はかつて、スケベの権化だったころを思い出す。あのころは無我夢中だった。なんとしても性的満足を手に入れたいと思った。今なんとしても手に入れたいのは、その欲望そのものだ。欲望を欲しがる欲望。なんとも皮肉なものである。
今の僕が羨ましいのは、あなた、そう、スケベなあなただ。
written on 4th, jul, 2005