久しぶりに駅前のドトールに入ると、混んでいるのにタイミングよく一番いいテーブル席が空いた。そこですかさず席をキープし、エスプレッソを頼んだ。席につき、僕がひとくち飲んで顔を上げると、テーブルの向かい側に白髪の混じった初老の男が座っていた。この暑いのにスーツを着ている。彼の目の前にはやっぱりエスプレッソがあった。
僕「で、あんた誰?」
男「私は神だ」男はそう言うとにやりと口の端に笑みを浮かべてエスプレッソをひとくち飲んだ。
僕「あっ、そう」僕は煙草をくわえ、ライターで火を点けた。「で、なんで神が喫煙席にいるわけ?」
男「もちろん、煙草を吸うからだ」そう言って男はポケットからショートホープを取り出すと、100円ライターで火を点けた。
僕「神が短い希望じゃ、随分と世界が狭いな。だが、それはいい」ちなみに僕が吸っているのはラークマイルドだ。
男「なんで驚かないんだ?」男が不満げな顔をする。
僕「一体なんに?」
男「私は神だぞ。神を前にしてなんの驚きもないのか?」
僕「ここ、駅のまん前に精神病院があるからな」
男「し、失礼な」男は気色ばんだ。
僕「あのさ、キリストもモハメッドも釈迦も自分が神だとは言ってない。神は他にいて、自分たちは預言者だと言っている。つまり、下北半島のイタコみたいなものだ。だから、連中は皆、ただの嘘つきだ。それ以来、自分が神だと言い張る奴は掃いて捨てるほどいるが、そいつらは全員キチガイだ」
男「私をキチガイだと言うのか?」男が目を見開く。
僕「論理的にはそうなるが、そうでもないんだな」
男「一体きみは何を言いたいんだ?」男が煙を吐いた。
僕「いいことを教えてやるよ。実を言うと、俺が神だ。俺がこの世界を作った。あんたもね」
男「き、きみこそがキチガ……」男は身を乗り出す。
僕は下を向いて小さな声で「消えろ」と呟いた。瞬時に、音も無く男は消えた。エスプレッソとショートホープとともに。世界はそんな風に出来ている。
written on 16th, jul, 2011