妙なことを思い出してしまった。
あれは僕が中学生のとき。隣町のバスターミナルでのこと。僕の田舎は山形の片田舎の小さな町で、鉄道の駅が通ってないので中学生のときはもっぱらバスを使っていた。なんで隣町に行ったのかは覚えてないが、とにかく帰る途中で同級生とバスを待っていた。このバスターミナルは当時としては比較的大きくて、待合所というよりはターミナル(アメリカの映画に出てくる田舎のバス乗り場みたいな)。確か夕方の帰宅時間にあたり、バスを待っている人も20人ぐらいはいたと思う。田舎のバスは待ち時間が長い。30分から1時間は待たねばならない。一緒に待っていたのは同級生の二人。一人はよく覚えていて、レスリング部で県大会でいいところまでいったガタイのいい奴(でも気は小さくてやさしい)。もう一人はどうしても思い出せないのだが、確かやせていて目立たないタイプだったような気がする。いずれにしても二人とも特に親しかった友達というわけではないが、なんかの帰りだったような気がする。
三人でバスを待っていると、たぶん20代後半ぐらいの男が話しかけてきた。いい大人が中学生なんかに何の用かと思った覚えがある。たわいのない事を話したあと、いったん離れた彼はまた近寄ってきていきなりボクシングをしようといって、僕ら相手にシャドーボクシングを始めた。ボクシング?さすがに何だコイツ、という感じで内心迷惑に思いながらも、遠慮がちに結構ですとか何とか言ったような気がする。一人でボクシングの真似事をやったあと男はまた離れていったので、ほっとした僕らはヘンな人だね、などと話をしていたが、男はまたやってきた。そこでようやく本来の目的がわかった。彼いわく、
「おまえら、紙持ってないか、紙」
レスリング部の同級生がティッシュ(昔だったからちり紙かも)を渡すと、男はトイレに走っていった。
僕らはまわりくどいヤツだな、などとこそこそ話をしてクスクス笑っていると、トイレから戻った男がそれを見てまたやってきた。
「おまえら、オレのことをいま笑ったか?」
僕らはいいえ、と言って全員下を向いた...
あれからもう25年近く経つ。どうやら僕は、幸いにして中学生にまわりくどいやり方で紙を借りたり、ムキになったりする大人にならずに済んだ。でも一緒にクスクス笑ったり、しどろもどろになって返答した君達の名前を忘れてしまった。すまん...