絶望の中で読んだ本

檻の中にいる間、取り調べとか弁護士との接見以外の時間は、ひたすら本を読むぐらいしかすることがなかった。留置場で読める本、つまり貸し出している本は当然ながら数が限られていて、漫画以外の小説は何冊ぐらいだったろう、100冊もなかった。3週間の間読んだ本は、ノートに簡単な感想を書いておいた。以下、読んだ順に書いておく。感想はノートに書いたまま。で、こういった極限の状況で読むに適した本というのが少しは見えてくるといいのだが。

最初に読んだのは東野圭吾「新参者」。これを選んだのは以前書店で平積みにされていた記憶があったからだ。以下感想。

巧いと言えば巧い。こういうのを好きな人は凄く好きなのだろう。しかし、読み手に精神的余裕がないと、テレビドラマを見ているような嘘くささも感じられる。「実はいい人」という切り口のワンパターンさのせいか。実際の刑事の取り調べを受けていると、刑事である主人公に素直に感情移入出来ない。正反対の現実と向き合っているので。東野の小説にいつも物足りなさを覚えるのは、軽妙さと技巧で書かれた「ちょっといい話」的なところに収まっているせいではないか。ぎりぎりまで追い詰める、追い詰められるという気迫がない。それがちょっと浅いというか、表層的に感じられる。

次に読んだのは桐野夏生「東京島」。僕は特に日本の女性作家に苦手な人が多い(露悪的な人とか)のだが、桐野はどちらかというと好きな作家に入る。以下感想。

寓話としての色彩が濃く、リアリティは二の次といった感。各登場人物の掘り下げや人間の本質に迫るといった部分に関しては物足りなさを覚える。フィクションとしてのストーリーを表層的に書いた印象。ある意味面白く読めたのだが、ラストは納得がいかず、カタルシスは得られなかった。いきなり非現実からスタートした話を、上手く現実に落とし込めなかった作品、と個人的には思う。

次に読んだのは皆川博子「死の泉」。2つ続けて女性作家だが、以前書店で見かけて気になっていた本だった。以下感想。

面白かった。今のこの絶望的な状況に於いて、その中で読んで面白いと思えるというのは相当に面白いということである。壮大なストーリー、そこに通底するものは少女漫画趣味的なものである。これは高村薫の初期作品、「リヴィエラを撃て」を読んだときにも同じ匂いを感じた。女性作家特有の匂いである。何の先入観もなしに読んだ(どういう作家か、どういうジャンルかも分からずに読んだ)ので、第一部を読んだ時点ではナチスを題材にした典型的な歴史小説かとも思えたが、第二部以降活躍するのは(女性作家の作品であるのに)もっぱら男たちであり、まさに大団円と呼ぶにふさわしいラストになだれ込む。第三部のスピード感とスリルは見事だ。一貫した美意識、それが前述の少女漫画趣味と僕が呼んでいる部分なのだろうが、ひとつの壮大な演劇的世界を構築するのに成功している。作者の想像力には感服する。最後の最後でちと曖昧になってしまったところは個人的には残念だが、それは作者の意図したものであろう。

次に読んだのは村上春樹「海辺のカフカ」(再読)。以下感想。

いい小説だった。11年前に初めて読んだときにピンと来なかったのは何故だろう。すべてが明確に、明快になっていないせいか。しかし、改めて読んでみると、分かりにくいところはなかった。ここでの生と死は非常に明快であり、逆に善悪、特に悪に関しては曖昧になっている。時間や記憶も同様。逆に言えば、生と死だけが明快にある。思ったほど直接的な比喩は多くなく、意外。「世界はメタファーである」という言葉が何度も出てくるように、隠喩には満ちている。この小説全体がメタファーと言ってもいい。

次に読んだのは井上靖「おろしや国酔夢譚」。以下感想。

大変な苦労話であり、今の境涯と心境を近くするところもあったと思うのだが、基本的に史実に基づいた話ということで淡々と読めた。

次に読んだのは東野圭吾「麒麟の翼」。前述の「新参者」と同じ主人公のシリーズであり、この本を選んで読んでいる辺りに読める本の選択肢がいかに少なかったかが伺える。以下感想。

いまひとつ。いささか強引と思われた。東野の作品は軽いという感じが抜けない。

次に読んだのは森絵都「風に舞いあがるビニールシート」。また女性作家である。以下感想。

いい短編集だとは思うが、男性が主人公のものの方により共感を覚える。女性が主人公のものには若干の違和感。恐らくとてもリアリティはあるのだろうが。

こんな感じで、20日間で読了したのは以上の7作品だった。隆慶一郎「捨て童子・松平忠輝」は途中になってしまった。冒頭に書いたように感想自体は留置場の中で書いたので、文中の「今」というのは独房の中にいる「今」のことである。なんか、後半からだんだんと感想が短くなっていったのは、それだけ日を追うに連れ精神的に追い詰められて余裕がなくなっていったから。もっとも、最初に読み始めたころもまだ勾留されたショックが抜けておらず、かなり余裕がなかった。真ん中辺りは大分状況に慣れてきて、それを過ぎるとどんどんと追い詰められていった。

こうしてみると、全体で一番面白いなあと思って読めた、夢中になって読めた、つまり作品の世界に入り込めたのは皆川博子「死の泉」だった。次点は村上春樹「海辺のカフカ」かな。逆に辛かったのは東野圭吾。悪い方にしか頭のベクトルが向かず、絶望的な時間の中で読むには、軽妙なエンターテインメント作品はかなり辛かった。じゃあ深刻な作品、ひたすらシリアスな作品ならいいのかというとそういうわけでもなく、やはり一番肝心なのは雑念が浮かばないほど小説世界に入り込めることという、わりと当たり前な結論に達した。人間、極限状況にいると当然ながら雑念、それも悲壮な思念が常に頭の中を渦巻くので、それを押しのけるほどのストーリーテリング、筆力が必要だということ。実話を題材にした井上靖の「おろしや国酔夢譚」がいまひとつ入り込めなかったところをみると、感情移入というよりもむしろ、イマジネーション、想像力が鍵となった感がある。

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