2013

一年というのは、冬に始まり、冬に終わるのだな。そんなことを改めて実感しながらこれを書いている。

まったく、今年ほど悲惨で激動の一年はなかった、個人的に。震災のあった年もそれを境にして世界が変わったと思ったが、今年はそういう感覚とは違って、激しく揺れ動く現実というものに否応なく急き立てられ、翻弄された。そして、そのすべてが個人的な体験だった。

嫌になるほどいろんなことがあり、そのすべてが悲惨なものではあったが、順を追って並べると意外と簡潔ではある。

今年を語るには、1月からではなく、去年の12月18日に父が倒れたところから始めなければならない。父が倒れて脳死状態になり一時帰省、年が明けて父が喉を詰まらせるのを見たショックから母が統合失調感情障害(統合失調症)を発症、1月の末に僕は都心を引き払って田舎に戻り、その3日後には母は精神病院に入院、2月4日に父が亡くなる。母は8月1日に退院したものの、また次第に病状が悪化してきて11月26日に急性硬膜化血腫で手術、入院。そして、僕は母に対する傷害容疑で逮捕され20日間の勾留延長の末に処分保留で釈放。

並べて書くとこれだけなのだな。付け加えるとすれば、この間に僕は就職を諦めて再びパチプロに戻り母の介護の日々、そんな中で4月に母親の病状が悪化したことを契機にまたうつ病が酷くなった。

客観的なことを書き出せばこれだけのことではあるが、個人としての僕自身にとっては、環境を含めての外的な部分、精神的な内的の部分双方で大きく変化した。というか、必死に現実についていくために変化せざるを得なかった。今年一年で僕は随分と多くのものを失い、諦めた。喪失の一年と言うことも出来る。田舎に戻ってきたことで環境が劇的に変わり、いまだにそれに適応出来ているとは言い難い。僕はまだこの山形という田舎の人間にはなり切れていないし、この先もなれそうにもない。

父が脳死と告げられて、母と二人で生きていこうと決めたのに、結局、一年の半分以上を僕は独りで生きなければならなかった。これまでの人生の大半が一人暮らしだったにも関わらず、それはとても辛かったし、今も辛い。何しろこの実家は一人で暮らすには広過ぎるし、この土地の冬は寒過ぎるし雪が多過ぎる。

父が亡くなってしばらくの間は台所で過ごし、それからかつて父が使っていた書斎にPCやら何やらを移してそこに引き篭るようになった。父の四十九日までは現実についていくのだけで精一杯だった。それが落ち着くと、その後はひたすら精神的に煮詰まった。そして、今は母の入院と逮捕後のショックで何も手がつかないというよりも何も出来なくなってしまった。何かを楽しむという気持ちすら、僕は失ってしまっている。

冒頭に書いたように、この土地の長い冬のような一年だった。しかし、長い冬も永遠に続くわけではない。いずれ終わる。物事には始まりと終わりがあるのだ。そして僕は終わりとその後に続く始まりを待ち続けている。

失ったものを取り戻すために。新しい何かを見つけるために。

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