BS事件 ―超常現象風味ー

アジア杯の決勝、オーストラリア対韓国の試合をBSで見ながら台所で夕飯の支度をしているときにその事件は起こった。味噌汁を煮立てていると背後でノイズの音がして、音がぷつりと途切れたので振り返ると、テレビの画面が真っ黒になっていた。画面の隅に「正常に受信できません」というようなエラーメッセージが出ていた。突如としてBSが映らなくなったのだ。

ちょうど試合はまだ始まったばかりで、夕飯を食べながらじっくり見ようと思っていた矢先のことだった。まず最初に頭に浮かんだのは電波障害かなということだった。だとしたらすぐに復活するはずである。しかし一向に復活する気配はない。次に思ったのは雪のせいかなということだった。屋根から落ちた雪でアンテナが曲がってしまったのではないかと思った。表に出て、雪で埋まった庭先を通って家の裏手に回り、アンテナを見上げた。すると、アンテナは2階の壁に屋根がちょうどひさしになるようなところに設置されており、雪が落ちては来ないことがわかった。ぱっと見、どうやら異常はなさそうに思えた。家の中に戻るといまだにテレビの画面は真っ暗なままだ。これは一体何が起こっているのだろうとしばし考える。もしかしたら故障だろうかといろんな想像が頭に浮かび、地デジにチャンネルを変えてみると普通に映る。とするとやはりBSだけなのでアンテナだろうか。つい先日、Facebookで仙台に住む後輩のM月くんがベランダのBSのアンテナが雪を被って映らなくなったという投稿をしていたことに思い至り、2階に上がって弟の部屋の窓を開けてアンテナを眺めると、雪を被っているようには見えなかった。少なくとも彼の写真のようには雪を被っていなかった。なので、この時点でアンテナが雪を被ったせいではないと思った。第一の思い込み。

エラーメッセージの中に大雨・大雪などの気候の原因も考えられる云々と書いてあったのでとにかくNHKに問い合わせてみることにした。NHKのサイトで電話番号を探して携帯からかける。すると電波障害はないということで設備の問題だろうということだった。調査にお伺いしますがどうしますかというのでとにかく来てもらうことにした。

真っ黒な画面のテレビをつけたまま、黙々と夕飯を食べる。何か判然としない。食事を終え、時間を見るとまだ7時前なのでこのテレビを買って設置してもらったと思われる町内の電気店に電話してみた。すると、あ、BSですよね、今どうやら町内全域で映らないようです、実はお宅で問い合わせが5件目でうちの店でも今BS映ってないです、恐らく非常に珍しいことですが分厚い雲で電波が届かない状態のようです、と若い店員の声が言った。それで僕はうちだけじゃないということでそういうことだったのかと納得した。だとすれば、しばらく待てば回復するはずである。第二の思い込み。

しょうがないので試合経過はツイッターのタイムラインを追った。試合はオーストラリアが先制するものの韓国が土壇場で追いついて延長戦に入るという白熱した展開になった。相変わらずテレビは真っ黒なままである。すると携帯が鳴った。出てみると、NHKの調査員からだった。3日後の午前中ならお伺い出来るという話。で、僕は先ほど電気屋の店員から聞いたばかりの、実はこの町全域で映らなくなっているようです、どうやら分厚い雲があるようで……という話をした。すると言下に「そんなことはありえません」と相手は言い切った。それがどこか僕を嘲笑するような印象を受けてかちんと来た。「ありえませんと言われても現実に起こっているのです。それを起こっていないと言うのか」というようなことを話すと、とにかくありえないの一点張り、これで僕の感情のスイッチが入ってしまった。気がつくと僕はすっかり腹を立て、「あなたの言い方は失礼だ」とまくしたてていた。話しているうちに僕は激怒していた。こっちは受信料を払っているから客なのだ、あんたは自分を公務員かなんかと勘違いしてるのではないか、そういう口の利き方はないだろう、という具合に止まらなくなった。こいつは「現実」を否定している、と頭から思いこんだせいだ。僕の中で「町内全域で一斉にBSが映らなくなっている」ということはすっかり現実となっていた。ケーブルの破損云々とか言うので、同じ町内で5軒も一斉にケーブルが錆びつくなどということこそありえないことだろうとまくしたてた。相手はじゃあその電気屋さんに任せればいいじゃないですかなどと口にしたので一層僕は激怒して、一体何様のつもりだとすっかり喧嘩腰になってしまった。僕が怒ると相手は失礼しましたと謝り、とにかく3日後に調査に来てもらうということで電話を切った。

僕ははらわたが煮えくり返っており、NHKに対する殺意に近いものを覚えていた。憤懣やる方なく、もしこのまま映らない場合はBS契約の受信料の差額を返還する訴訟を起こし云々などということばかり頭に浮かぶ。

相変わらずテレビは真っ黒なままでエラーメッセージが出ていた。確かに僕は腹の虫が治まらなかったのだが何かが変だということに徐々に気づき始めていた。沈黙するテレビを眺めながら、これは一体何が起こっているのだろうという疑問がふたたび首をもたげてきた。それに、感情の赴くままに食ってかかるというのは自分の一番悪いパターンだということにも気づき始めていた。何かが変だ。確かにさっき電気屋は町内でうちを入れて5軒、電気屋自体も入れると6軒が同時にBSが映らなくなっていると言った。だがNHKの調査員はそんなことはありえないと言う。とすると、これは一種の超常現象なのか?

怒りが治まるに連れて僕の頭は混迷の度を増した。ツイッターのタイムライン上では試合が白熱度を増し、延長に入ってついにオーストラリアが勝ち越した。ああ試合が見たい。しかしこれは変だぞ、と思う。少しばかり自分の言動が度が過ぎたという反省とともに、目の前にはノートPCのディスプレイに表示される試合経過、その向こうに相変わらず沈黙して真っ黒なテレビの画面、どうも現実が奇妙に捻じれているような感覚を覚えた。一体何が起こっているというのだろう。

すべてが疑わしく思われてきた。何を信じればいいのか分からなくなってきた。ぷつんとBSが映らなくなってから、世界が奇妙な方向に捻じれたように思えてきた。誰を信じればいいのか。電気屋の話か、それともNHKの話か。両方を信じるのは矛盾している。世界は矛盾している。

試合は終わりかけている。怒りが治まってきて冷静さが少しずつ戻ってくるが事態はより一層複雑に矛盾しているように思える。そこでふと、同じ町内に住む小中学校の同級生に電話してみることを思いついた。M木は電話するとすぐに出た。僕が話をすると、それは前にもあったが雪だと言う。ほうきでアンテナを掃けば直るという。訊いてみると、M木のところではBSは映るというのだ。うちのアンテナをほうきで掃くには屋根に上がらなければならないと僕が言うと、危ないから上がるなとM木は言う。

電話を切って、少し考えた。とにかく今すぐにでもアンテナをほうきで掃いてみないと気が済まなくなった。ほうきを持ち、玄関から長靴を持ち出して2階に上がり、弟の部屋の窓を開けた。屋根にはすっかり雪が積もっている。確かに怖いが、もはや危険はどうでもよくなっていた。長靴を履くと、窓から身を乗り出して窓枠を掴みながら屋根に降り立つ。なんとかその姿勢でアンテナにほうきが届くことが分かった。見ると、アンテナにはうっすらと雪が被っているように見えた。それでほうきでパラボナアンテナにうっすらついた雪を一通り払った。確かに雪はくっついていたが、この程度の雪でまったく映らなくなったりするのだろうかと思った。

階下に降りて台所に戻ると、BSは映っていた。くっきりと映っていた。既に試合は終わり、オーストラリアが2-1で韓国を下し初優勝、そのセレモニーを映していた。

なんのことはない、アンテナについた雪が原因だったのだ。その瞬間、「不思議なことは何もないのだよ」という京極堂の声がどこからともなく聞こえた。世界は矛盾などしていないのだった。僕は脱力して、携帯を取り上げると着信履歴からNHKの調査員の携帯にかけ直した。アンテナから雪を払ったら映ったことを告げると、それはよかった、それは着氷ですという話だった。僕は先ほど怒ったことを詫びて、もう来てもらわなくてもいいと告げると、向こうは失礼を詫びた。こうして実に奇妙に思えた事件は実に真っ当に収束した。元に戻ったテレビは延々と優勝セレモニーを映していた。

この事件の教訓は、思い込みが狂気の入り口となり、感情が狂気のスイッチになり得るということだ。雪が原因ということは早々に思いついていたが外からアンテナを見て、次に2階の窓からアンテナをもう一度確認して、まずアンテナについた雪が原因ではないと思い込んでしまった。次に電気屋と話して、これはうちだけで起きていることではなく、よって機器の故障ではないのだと思い込んだ。計6軒で同時に映らないという「事実」が店員の言う分厚い雲によって映らないという「事実」にいつの間にかすり替わった。結局、すべては思い込みなのだ。NHKの職員と話していて、自分の思い込みと矛盾するがために相手が思い込み(つまり「そういうことは起こらない」という思い込み)をしていると思い込んだ。彼の話し方が気に入らず、腹を立ててしまった。そこで感情のスイッチが入ってしまった。常々自分のこれまでの失敗の数々は感情の赴くままに言葉を発して動いてしまったがためであり、感情で物を言ったり行動してはならぬと散々反省しているのにも関わらず。

結局、人間というのは思い込みと感情で動いてしまうのである。そしてそれが狂気の世界へと誘う。僕は思い込みと感情でそこに片足を踏み込んでいた。それで世界が変わったように見え、感じた。まったく恐ろしいことだ。しかし、感情をパーフェクトに抑えることなど、一体どうやったら可能なのだろうか。世の中のいさかいや戦争や数々の事件は押しなべて思い込みと感情で構成されている。宗教の狂気も思い込みだ。先日のパリでの事件をきっかけにその後フランスで言論統制のような過度の反応が起こっているのは、9.11のときのアメリカがそうであったように欧米人は感情論で動きやすいことを示している。そして、僕もその人間のひとりなのだ。なんと情けないことだろう。確かにひとつひとつのことはそれなりにもっともなことであるのに、それらが組み合わさると矛盾して整合性を失う。それが故に個々のことを個別には納得出来ても全体としては辻褄が合わずバランスが取れなくなる。どこかで感情がバイアスをかける。そうして世界は崩れていく。ように見える。

なんていうか、たかがアンテナが雪を被ってBSが映らなくなっただけの話なのだが、そこから世界の深淵がふと浮かび上がる。人間の業が垣間見える。

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