化粧

mirror

母が化粧をする後姿を見たのは、母を精神病院に入院させることを決めた日だった。

その前の晩、完璧な狂気に陥っていた母は、一睡もせずに朝まで妄想に憑りつかれて真冬の氷点下の外に出ようとした。雪の中にどこかの子供が待っているから助けに行かなければならないというのだ。僕は朝まで外に出ようとする母と格闘した。母は八十歳を過ぎているとは思えない猛烈な力で僕を振りほどこうとした。

母はまったくの別人になっていた。そこにいるのは僕の知っている母ではなかった。僕は狂った母と格闘しながら、もう僕の知っている母はどこにもいないのだと思った。物凄い絶望感だった。僕は朝まで母を押さえつけながら何度も泣いた。ときどき気が遠くなった。

夜が明けて朝になり、山形市にいる母の弟である叔父に電話で助けを呼んだ。叔父が来るのをじっと待っていると、そのうちとうとう母が少しうとうとした。小一時間ほどして叔父がやってくるころには母は落ち着いて、もう外に出るとは言わなくなった。あれほど狂気に駆られていたのに、一夜明けると数日振りに正気に戻っていた。

叔父と相談して、もう母を精神病院に入院させるしかないということになった。僕はずっと精神病院に入れるのは可哀想だと思っていたのだが、狂気に憑りつかれて完全に別人になった母を見てしまうと、もうそうするしか手立てはないと思った。叔父は入院させるのなら落ち着いている今しかないと言った。すっかり普通に戻った母は、病院に連れていくというと素直に従った。

ふと見ると、母は自分の部屋で祖母の代から使っている古い鏡台に向かって化粧をしていた。正座して化粧をしている母の後ろ姿を見て、僕はとても悲しくなった。これから僕は母を精神病院に入れるのだ。

鏡台の後ろの障子を通して日が差して、昨夜の狂乱の気配が嘘のようだった。穏やかな日に思えた。化粧を終えた母はすっかり落ち着いた顔をしており、それだけに精神病院に連れて行くのが余計不憫に思えた。

病院の待合室で随分と待たされた。叔父と母と三人で待っていると、一睡もしないで疲労困憊していた僕はさすがにうとうとした。憔悴しきっていた。やがて診察の順番が来た。

当日の入院は本来なら難しいというところを、叔父は懇願した。このままではそのうち大変なことになると。結局医者が折れて、その日のうちに母は入院することになった。すっかり正気に戻った母は、むしろほがらかと言える顔で医者の質問に受け答えして、入院するという話にも病気を治すためということで素直に納得した。

正直この話を書くのは辛い。二年前のあの日を思い出す。母がゆっくりと、丹念に化粧をしている姿が今でも思い浮かぶ。それはもう遠い遠い昔のようだ。あれから母は一度退院して自宅に戻ってきたもののまた病状が悪化し、急性硬膜下血腫で手術入院してそのまま特別養護老人ホームに入所した。もう母がふたたび鏡台の前に座って化粧をすることは恐らくないのだ。

あんな風に、人が、ましてや自分の母親が、パーフェクトに狂ってしまうのを見たのは初めてだった。まるでジキルとハイドのように、あの晩と翌日ではまったく違う人間だった。そのあまりの振幅に僕は振り回され、本当に気が遠くなった。

人は何故狂うのだろうか。狂うということは本当に悲しいことだ。狂う人を見ている自分は狂うことが出来ない。ひたすら耐えるしかない。ただそのあまりの落差に呆然とするばかりだ。一体、あれほどの落差、振幅はどこから来るのだろうか。そこに何の意味があるのだろうか。統合失調症という病気は本当に恐ろしく、そして悲しい病気だ。

もう一度あの鏡台の前で化粧をする母が見たいと思う。それは叶わぬ夢なのだろうか。母はもう一度自分で化粧をしたいと思うだろうか。

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