非リア充

気がつくとフェイスブックが凄く苦手になっていた。何故ならリア充自慢の場と化しているからである。かつての友人たちはこぞって食や日常と言ったリアルがいかに充実しているかを書き込む。そこに「いいね!」を押している人たちもまたリア充である。僕のように本格的な非リア充ともなると、気軽に「いいね!」を押す気にはなれない。つまり本当の羨望になってしまうと押すに押せないのだ。「いいね!」をしまくる人たちというのは、それなりに余裕があるから出来るのだと考える。あまりにも自分とかけ離れた幸せを目にすると、それに対して「いいね!」をするのはどこか浅ましい行為のようにすら思えてくる。かつてアメリカでも一時期話題に上ったように、SNSで人の幸せばかり目にしていると自分一人だけが不幸なように思えてくるのだ。

「いいね!」を押せないでいるとだんだん孤立してくる。ますます「いいね!」出来なくなる。そうやって孤立のサイクルを深めると、フェイスブックを見ることすら苦痛になってしまう。

リア充という言葉はいつごろから普及したのだろうか。ともあれ、その反語としての非リア充を「非」リア充と捉えるか「非リア」充と捉えるかで随分と意味が違ってくる。後者はリアルじゃないものが充実しているという意味になってしまう。なので、この場合はあくまでリア充の反語として「非」リア充、つまりリアルが充実していないことをここでは非リア充と呼ぶことにする。

僕の2015年という一年を概観するに、非リア充の一言に尽きるな、と思うのだった。充実したとか満たされていたということからは程遠い一年だった。もちろん、ピンポイントで充足した瞬間はいくつかあっただろう。しかしながら、僕はこの一年間のほとんどを何をしたらいいのか悩んでいた。終始、巨大で漠然とした焦燥感に駆られた一年だった。

焦燥感が抜けない人間が充足することはありえない。常に焦っているのだから満足することがない。要するに、リア充の人たちは現状に満足しているわけだからリア充たり得るのだ。つまり、「リア充」というのは最終的には客観的基準ではなく主観的基準によるものなのだろう。だからもしかすると、真の意味でのリア充というのは実は見かけより意外と少ないのかもしれない。

だが、少なくともネット上のリア充というものは常に相対的に存在するものだ。僕らは常に他者と自分を無意識のうちに比べている。だからリア充は常に自分以外の場所に存在する。だからもしかしたらそれは概念的なものでヴァーチャルな存在なのかもしれない。人をうらやむ自分自身が作り上げた存在なのかもしれない。とすると、「非リア充」たる自分も他者と比べる自分が作り出したものなのかもしれない。

この「人と比べてどうか」という判断基準をまず覆さなければならないのだけれど、実はそれ以前に僕自身がこれだけの焦燥感に駆られる所以は、人と比べてどうかという問題ではなく、いかに生きれば自分が充実した時間を過ごしたといえるのかというほぼ禅問答的な疑問によるものだ。そこにはたぶん答えはなく、気分だけがある。充足も不満も恐らくは気分だ。結局はどこまで自分が勘違いし続けられるかというような命題のように思える。

願わくば、来たるべき年は自分が充実していると勘違いし続けていられますように。

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非リア充 への5件のフィードバック

  1. ピンバック: Hello, Goodbye | something new

  2. carmenc のコメント:

    同感!
    もう訪れないだろう幸せなケースを見て、facebookはやってないので当方の場合は拍手になりますが、押す気にはならない。さっさと立ち退きたい気分になることしばしばです。
    自分がそんなキャパが狭い人間だったのかと思わないでも無いけど、正直な反応は致し方なく当然のことと開き直って、世の中にはこっち側の人間だっていることすら知らないだろう、などとお腹の中で思って、達観とは言い過ぎですが、少し悦に入るなんてのも案外乙なもの。
    それでもそれなりに充足感を得たいと思うのですが… 健気にも…

    こちらをリンクさせて頂きます。事後承諾になると思いますがご了承下さいませ。

  3. Sukeza のコメント:

    >carmencさん

    コメントありがとうございます。こっち(fragments)は最近全然更新していないので、読んでいただけるだけでもありがたいです。

  4. carmenc のコメント:

    あ、今はこちらはやってないんですね。
    了解しました。
    それと驚いてます。山形なんですね。
    私の元婚家は山形市内です。
    あの雪のお寺どこでしょう?
    いっぱいあるから同じところではないと思いますが、、、

    福居良さん、亡くなったんですね。一度一緒に仕事しました。
    北海道に行って時々上京してLIVEされてましたが…

  5. Sukeza のコメント:

    >carmencさん

    あ、いや、やっていないわけではなくて、日記(http://www.somekindoflove.net/blog/)は毎日更新しているのですが、こちらを更新する精神的な余裕がないだけです。

    日記に出てくる寺は基本的にうちの向かいの寺です。河北町の定林寺という寺です。うちの住所わかっちゃいますが(笑)。

    福居良と仕事したことあるのですか。凄いですね。”Scenery”は北海道録音とは思えない出来でした。ただ曲によってムラはありますが……。

    最近誰もコメントくれなかったので、コメントいただいて本当に感謝しております。

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