書けない

最近文章というものをまったく書けないので、殊勝にも何か書こうと努力してみる。

とはいうものの、何を書いたらいいのかさっぱり思いつかない。そういう頭にならない。そこが問題なのである。何故書けないのか。というときは、「書けない」ということについて書くしかない。

そもそも、僕が自分のサイトを立ち上げたのは、えーと、1998年だからいまさらながら驚くがもう16年も前だ。僕はまだ30代で用賀に住んでいた。あのころは道を歩いていても頭の中を電光掲示板のように文章が常に流れていた。つまり、常に何か書くという頭になっていた。今は頭の中で文章が構築されない。流れない。だからこうやってキーボードに向かって実際に文字を打つしかない。今の状態はさしずめ、楽器で言えば書き譜が出来なくて即興演奏しか出来ない状態なのだろう。今考えるとあのころは何故次から次へと書くことがあったのだろうかと思う。僕はまだうつ病になっていなかったし、それなりにイマジネーションというものがあった。いや、うつ病になってからも僕は常に文章を書くことぐらいは出来た。ほとんどろくすっぽ取材をしなくても、想像力だけで小説を書くことが出来た。それがいつごろからか、今は頭に上から蓋でもされたようにイマジネーションが湧かない。想像力がまったくないわけではない。あまりよろしくない方向にばかり想像力が働く。したがって、想像すること自体に嫌気が差す。だから自分から想像することに蓋をしてしまう。なので常に八方塞がりな感じが抜けない。掃除ロボットのルンバのように行き止まりに突き当たっては戻るを繰り返しているようなもの。悪い方向にばかり想像力が働くと想像すること自体が怖くなる。結句、自分の周り数センチぐらいのところを堂々巡りする。これでは煮詰まって当然である。珈琲でいう深煎り、フレンチローストみたいになる。いや僕はフレンチローストが好きなのであるが。もちろん珈琲の場合は。

という具合に、何故書けないのかということを書き始めると不思議なことにある程度の分量の文章になる。しかしこれでは中身というものがまったくない。当たり前だ。書けないのだから。しかし、書く必要などあるのだろうか。別に書かなくてもいいのではないか。僕には文章を書く義務などないはずだ。だから書かなくてもいいのである。これはつまり、僕は今、書かなくてもいいことを書いているということだ。ということは、僕が今書いているこの文章は読まなくてもいいわけだ。もちろん、世の中のあらゆる文章というものが読まなくても読まれなくてもいいものであることは確かだ。しかしながら、読まなくてもいい文章であってもなくては読めない。当たり前。そこにあるから読めるのであってなければ読めない。書かなければ読めない。空気を読むのとは訳が違う。

何を書いているのであろうか。ただの詭弁だ。レトリックだ。僕はただ、言葉をもてあそんでいるだけに過ぎない。

結局のところ、今の僕には書きたいことがないのだ。思いつかないし見当たらない。それはそれでいいのかもしれない。どうしても文章を書かなければならないわけでもない。ひとまず、書けないことについてこれぐらい書ければいいじゃん、とも思う。だがそれでは面白くない。書き手の僕にとっても面白くないし読み手のあなたにとっても面白くない。だがまあしょうがない。なにしろ書けないのだから。

恐らく僕に必要なのは頭の切り替えなのだと思う。例えばこれが小説であるなら、目の前に木のドアがあるということについて、それがどんな色なのか、どんな木なのか、どれぐらい古いのか新しいのか、大きさは、重さは、開けるとどんな音をするのか、という具合にいくらでも書くことがある。だからこれを書いている今、僕の傍らでは扇風機が回っているのでそれについていろいろと書けるはずなのだが、どうも今の僕は「現実に」そこにあるものについて想像力が働かないようなのだ。むしろそこにないものに関しての方が書けるような気がする。例えば、僕以外の誰もいないこの書斎の中に、いないはずの父がいるとか、見知らぬ小さい女の子がいるとか、キムタクがいるとかウッチーがいるとか、まあ誰でもいいのだが、とにかくいない人がいると想定すると、その人がどんな風体で何を話すか、という具合に膨らませることが出来る。なんでもいい。例えば、両脇に二本線の入った赤いジャージを着た女子高校生がそこのソファにいつの間にか座っていて煙草を吸っている。それはショートホープで、どっちかっていうと北川景子みたいな美少女であるのに鼻から煙を吐き出している。で、一心不乱にスマホをいじっている。彼女は放屁する。しかし一切気にも留めない風だ。不意に立ち上がると台所の冷蔵庫からコーラを勝手に持ってきて飲み始める。げっぷをする。「なんでこの暑いのにそんな恰好してるの?」と僕が訊ねる。すると彼女はようやく顔を上げて不思議そうな目で僕を見る。「え? 暑いの?」と彼女は言う。「いや、そういえばそんなでもないけど」と僕は言う。「だしょ」と彼女は言う。僕も煙草に火をつける。「一日何本ぐらい吸うの?」と僕は訊ねる。「120本」と彼女。僕は「はい、100万円」とおつりを渡す八百屋のオヤジを想像する。

というように、僕は書けないのである。

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