最近教育テレビが面白い。夜によくいままでの特集の再放送を組んでいて、たまに見てみると意外と面白かったりする。
先日、新聞の番組欄を見ていて、山形と言う文字が目に入って教育テレビにチャンネルを合わせた。ダニエル・カールがホスト役で、山形の戸沢村の外国人花嫁の特集番組である。それにしてもダニエル・カールの山形弁は完璧である。ナレーションも全くの山形弁の発音とイントネーションなので、あれは芸風というよりもホンモノだ。
戸沢村というのは、最上川流域の山村で、僕の子供のころはまだ地元の人たちは舟を使っていたところである。急流の難所で有名なところで、舟で学校に通う子供たちが転覆して死んでしまう、という事故も当時あったりした。そんなところなので、当然過疎の村であるから、嫁不足であることは想像に難くない。アジア人の花嫁が多いのも当然である。番組を見て、何よりも普通心配するような、外人だから云々というような扱いを受けてる気配は全くなく、むしろ彼女たちが戸沢村に誇りを持っているのには感心した。やっぱりこういうところが田舎のいいところである。
過疎と言えば、山形県は県全体が過疎化している県である。何しろ、名の知れている米沢市ですら、駅前に昼間からほとんど人が歩いていないのに唖然とした覚えがある。そのくせ、当然のことながら最近の全国に共通している平均化は進んでいて、標準語を話す子供も増えたし、田舎の町に帰っても、最近は街の風情が千葉県あたりと全く変わらない。ちょっとさみしかったりする。それでも山の方の農村に行くと、まだまだ昔ながらの風情は残っている。やはり四方に山並みが見える風景は、僕の心に焼き付いている故郷の原風景なので、こういう方がほっとする。
小川紳介監督の「ニッポン国古屋敷村」というドキュメンタリー映画があって、僕は大好きなのだが、これは山形の上山の農村を描いたドキュメンタリーである。それで、この中でおばあさんが山形弁(字幕つき)で昔の苦労話を延々と且つ淡々と話すシーンがあって、これがちっとも苦労と言う感じじゃなく話すのだが、僕はそのシーンがとっても好きでやけにせつないノスタルジーを感じて不覚にも目頭を熱くしてしまったりするのだ。おばあちゃん子であったのは確かだが、別にそんな農村に生まれたわけでも、そんな昔を知ってるわけでもないし馬鹿みたいな話だが、もしかしたら僕の山形県人としてのDNAの記憶の琴線に触れたのかもしれない。なんかノスタルジーというものはそんなもののような気もするのである。どこか忘れたが、以前山の中の開けた谷で、四方に滝が落ちている観光地を訪れたとき、江戸時代かなんかに初めてこの谷を発見した人の、山の中を分け入って目の前に忽然と滝に囲まれた谷が出現したときの驚きのようなものがデジャヴュのように慄然と自分の中に沸き起こったことがあった。人間のDNAに秘めた記憶というのは不思議なものである。
両親から聞いたところによると、どうやら羽田からの飛行機便が数が減らされて、とうとう往復とも一便ずつになってしまったようである。田舎が飛行場に近い僕にとっては不便になってしまったが、その方がなんか山形らしいかも知れない。そろそろ夏の真っ盛りなので、来月あたりちょこっと帰ってみるつもりである。今度はどこの蕎麦を食べに行こうか楽しみである。