前回べた褒めした貴志祐介の「黒い家」。あんまりおもしろかったので、思わずハードカバーの新作「天使の囀(さえず)り」を買って読んでしまった。帯に「『黒い家』を凌ぐ、大傑作」とか「前人未踏の大傑作」とか書いてあるんだもの...。ところが、読んでみてがっかり。文庫で出てからにするんだった。これで「このミス」のランキングに入るなんて。前作で感じた圧倒的な怖さとサスペンスは一重にプロットと設定のリアリティにあったわけで、今回は設定そのものにリアリティが欠けるのと、ストーリーにサスペンスが足りない。いくら綿密に理論づけてもね...まだ読んでない人のために詳述は避けるけど、陳腐だ。どうせリアリティよりもエンタテインメントを優先するための虚構をつくるのなら、クーンツぐらい徹底した方がよほどサスペンスが盛り上がるのに。徹底してSFにしてしまった方がよかった。「黒い家」を読んだ時点では、ストーリーテラーとして感心したのだが、これでは「パラサイト・イヴ」と大差ないではないか。
「日本ホラー大賞」なるものが現れ、大評判となった「パラサイト・イヴ」を読んで、なんと陳腐な、と思った。これでは日本人のホラーに対する認識も高が知れてると。実際、映画になったものを見ればその陳腐さが知れる。あのまんまだもの。「黒い家」を読むのが遅れたのも「日本ホラー大賞」受賞作だったから。どうも最近の日本のホラーというと、国民性なのかスピード感溢れる圧倒的なサスペンスという点では物足りないものが多い気がする。えらそうなこと言うほど数読んでないんだけど。「パラサイト・イヴ」「天使の囀り」双方に設定の近いものを感じるマイケル・クライトンの大傑作「アンドロメダ病原体」の圧倒的なサスペンスとリアリティはどうだ。ちなみに映画の方もおもしろかった。最近流行りの「リング」あたりも最終的には陳腐なとこ行っちゃうのがなあ...途中まではいいセンいってるんだけど。
その点、日本の場合は漫画とかビデオとかのサードカルチャーに秀作が多い。大友克洋とか。「童夢」なんて立派なホラーだ。ふんぎれてる分だけリアリティがある。僕が言ってるのはいわゆるクソリアリズムのことじゃなくて、虚構であってもそのなかでリアリティが成立しているということ。歌詞でも同じ話をすると誤解されるんだけど。
ビデオというか映画なんだけど、池田敏春という僕と同じ山形出身の監督がいて、駄作も多いがたまに秀作を出す。半分カルトになっている「人魚伝説」(これも原作は漫画)とか、多分ビデオだけの「死霊の罠」とか。「死霊の罠」は基本的にはB級ホラーなんだけど、導入部の眼球にナイフを入れるとこまでは少なくとも秀作。実際M任谷夫妻も含めて僕が見るのをすすめた人たちには、少なくとも評判がよかった。あとは高橋伴明の「ドアー」とかが正統派ホラーの力作か。ペキンパーっぽいけど。もう少し撮影に金かけたらもっとおもしろくなったかも。でも日本の映画でいうと、純然たるホラーかどうかは別として、やっぱりATG系のリアリズムの映画に傑作が多い。長谷川和彦の「青春の殺人者」とかね。そういえば最近ビデオ屋でみないけど、現実に戦時中人肉を食べた人間を追い詰めるドキュメンタリー「ゆきゆきて神軍」(監督:原一男)なんかも下手なホラーよりもサスペンスがある。やっぱり日本人て真面目なのかなあ。