彼には理想も夢もあった。実のところ、自分のことを天才であるとも思っていた。しかし、一向に現実は理想とは程遠く、それどころか日増しに遠ざかって行くようにすら思える。焦燥とジレンマに気が狂いそうな日々。
ある日、ふと彼は気付いた。もしかしたら自分は全く無力な人間ではないか。いままで自分は全く見当違いな方向を向いていたのではないか。ありもしないもの、ありもしない自分を追いかけていたのではないか。自分の夢などと云うものも、実は現実とかけ離れた次元のものだったのではないか。とてつもなく自分を買いかぶっていたのではないか。そう考え始めると、これまでの日々が全く無意味に思えてきた。自分が酷く愚かに思えてきた。彼は全て捨てることにした。夢も理想も。それと同時に、いままで信じ難い程の重さで彼を押し潰しかけていたものが、すうっと軽くなったのを感じた。彼はその晩、久々に何も考えずにぐっすりと眠ることが出来た。
翌朝彼が目覚めてみると、人生は酷く退屈なものになっていた。