鳴海ェと山川恵津子の2人によるユニット、東北新幹線のアルバム"THRU TRAFFIC"。82年に発売されたが、知っている人はほとんどいないだろう。大体において、アーティスト名が東北新幹線でアルバムタイトルが"THRU TRAFFIC"では、誰も売れるとは思わないだろう。当時2人はまったく無名だったし。ところが、これがとんでもなくクオリティの高い名盤。
僕がなんでそんなアルバムを知っていたかというと、82年といえば僕は留年して大学の5年目、一年を通してバンドの練習以外ではほとんど学校に行かず、ほぼフルタイムで目黒のヤマハ(財団法人)でバイトをしていた。で、最近の僕の日記にもたびたび登場する、僕のバンドのボーカルだったHが一足先に卒業してレコード会社に就職し、たまたまこの東北新幹線の宣伝担当だった、というわけ。なので、僕が持っていたのはアナログのサンプル盤だった。彼らはもちろんまったく売れなかった。今で言うタイアップがあったわけでもなし、ほぼノンプロモーション。この2人がアルバムをリリース出来たのは、当時彼らが八神純子のバックバンドであるメルティングポットのギターとキーボードであった、ということだけ。前述のように目黒のヤマハでバイトしていた僕は、財団でしょっちゅう八神を見かけた。あみんの「待つわ」が大ヒットした年だ。ちなみにHはあみんの宣伝も担当していた。で、あみんもヤマハだった。なので、Hに頼まれてあみんのO村が当時の彼氏に電話するのをこっそり手伝ったりしたこともある。
それはともかく、このアルバムが先年CD化されてリリースされたのにはびっくりした。もちろん買ったけど。こんな誰も知らないようなアーティストのアルバムが再発されるとは思わなかった。
当時の呼び名でいうとシティ・ポップス、もしくは和製AORといったところになる(CDのライナーにもそう書いてある)が、そんなカテゴライズは毎回書いているがどうでもいい。とにかく、とても上質なポップアルバムだ。CDには詳しいライナーがついているので、それを読んでもらえばいいからあまり被ることを書いてもしょうがない。ここでは僕の個人的な関わりを中心に書いておこう。彼らのアルバムはもちろんこれ1枚だけ、その後鳴海はセッション・ギタリスト、えっちゃんは今ではアルバムの裏ジャケットの写真からは想像もつかないようなワイルドなルックスになり、強面のアレンジャーになった。僕はこのアルバムの数年後には毎日スタジオでレコーディングをする日々を送るようになり、彼らとも接点があった。アレンジャーになりたてのころのえっちゃんは、スタジオ1日借りてドラムのスネアしか録れなかったという豪快な伝説が。鳴海はスタジオ・ミュージシャンとして何度か仕事を頼んだけれど、日本で一番腰の低いギタリスト、というのが僕の印象。とにかく異常なくらいにシャイだ。この2人がユニットを組んでいたというのも今考えると不思議だけれど、音を聴くと相性がよくてさらにびっくり。鳴海はその後frascoという女性ボーカルのユニットを組んで何枚かアルバムを出したがやっぱり売れず、セッション・ギタリストをやりながらいろんなアーティストに曲を提供したりプロデュースもしたりしていたけれど、最近はちっとも音沙汰を聞かない。2007年に書かれたライナーを読んでも、地味に活動していてほぼ地下に潜ってるっぽい。えっちゃんの方はときどきNHKのスタジオライブの番組とかでキーボードを弾いているのを見かける。
「Summer Touches You」。アルバムの1曲目で詞曲は鳴海。アルバム全体のカラーを象徴している。鳴海の書く曲は特にコードのテンションとかが洗練されているな、という印象。この曲では後藤次利のうねりまくるベースが凄い。さすがはおにゃん子くらぶの旦那だけのことはある。
「Up and Down」。アルバムの2曲目で詞曲は山川恵津子。本人はアースに影響されたと言っているが、明らかにイヴァン・リンスの"Dinorah, Dinorah"の影響を受けている。くどいようだが今のルックスからは想像出来ないコケティッシュな声。
「ストレンジ・ワイン」。アルバムの4曲目で鳴海の曲。来生たかおの姉である来生えつこの詞が何故か当時物凄く好きで、まあなんていうか、そのころの僕は感傷的な若造だったのだと思う。そんなわけで当時はアルバムの中で一番好きな曲だった。エンディングで中西のヴァイオリンがグリッサンドで駆け上がるところで、背筋がぞくっとするようなカタルシスを覚えた。
「月に寄りそって」。アルバムの6曲目。作詞が来生えつこ、曲は山川恵津子。もしかしたらこの曲がこの東北新幹線というユニットの個性を一番表しているかもしれない。デヴィッド・T・ウォーカーを彷彿とする鳴海のギターは彼のプレイ・スタイルを象徴するものだし、何よりも2人のヴォーカルの相性が絶妙で、このアルバムを聴いた山下達郎が2人にバック・ヴォーカルをオーダーしたというのもうなずける。
"THRU TRAFFIC" 東北新幹線
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Keyboards: 山川恵津子、鳴海ェ、羽田健太郎(5)