nightmare

「乾き」

...

気がつくと乾いた星に居た。

砂漠と云う訳では無い。一見どこも変わらない。どうってことはない街並みだ。いや、違う。人が歩いていない。車も走ってはいない。ただ信号は黙々と変わり、歩行者用の信号も音も無く点滅する。僕は静まり返った交差点の真中に立ち尽くしていた。

右足に強烈な痛みを覚え、下を向くと真っ黒い犬が僕のふくらはぎに噛み付いていた。滴り落ちる僕の血を犬は貪っている。彼も喉が乾いているのだ。

この星には音が無い。

足を振って犬を振りほどき、ついでに横腹を思いきり蹴ってやった。犬は恨みがましい一瞥をくれると、誰もいない路地裏へと消えた。

試しに大声で叫んでみた。すると、やはり声は出ない。声は聞こえない。こめかみ辺りを汗が滴り落ちる。ああ、僕はこんなに乾いていると云うのに。

噛まれた右足にもう一度目をやる。血は足を伝い、リーボックのスニーカーを赤く染めてアスファルトに吸い込まれる。なんとかしなきゃ。このままでは僕の水分はこの星に吸い取られてしまう。僕は干からびてしまう。

走ろう。干からびてしまう前に。無人の車道を走り始めた。その間にも足を血が伝うのが分かる。それにしても何でこんなに乾いているのだろう。何かが照りつけているのだ。何かが。しかし、僕には見上げる勇気が無い。

闇雲に走る。音が無性に恋しい。頭の中で何か音を鳴らそう。Gメージャー・アド・ナインスのコードを思い浮かべようとしたがどうしても鳴らない。何かメロディーを思い出そう。しかし、なんのメロディーも浮かんでこない。君が代ってどんな歌だったっけ。

そうしている間にも僕は滝のように汗をかき、血は果てしなく滴り落ちる。もう走っているのか歩いているのか分からない。次第に足はもつれていく。おまけに知らぬうちに涙が滲んでくる。僕は固く目を瞑って大の字に倒れ込む。自分を照りつけるものを見るのが怖くて目を開けることすら出来ない。酷く喉が乾いているのに無性に煙草が喫いたくなる。ポケットをまさぐるとくしゃくしゃになった空のパッケージがあるだけだ。諦めて僕は深い溜息をひとつ洩らす。

こうして僕も乾いていくのだ。音も無く。僕に出来るのは祈ることだけだ。きみの暖かく湿った舌が救ってくれることを。

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