毎夜毎夜、散歩とかジョギングをしていると、いろんな人とすれ違う。普通に歩いている人、普通に走っている人、普通に横向きに走っている人、普通のカップル、腕を組んで歩いている普通のゲイのカップル、普通に犬を散歩させている人、普通にフェレットを散歩させている人、普通におならをする人(←自分)、歌いながら自転車に乗っている人、ラップを口ずさんでいる黒人男性、骨盤の大きな白人女性、ベンチで寝ている男、路上で寝ている老人(人が集まっていたのでもしかしたら死体かもしれない)、まあとにかく、ありとあらゆる人とすれ違う。何故か出会わないのは、普通に猫を散歩させている人ぐらいだ。夜というのは、人を行動的にするのだろうか? 夜になると人間は散歩したくなるのか?
こんな話がある。僕にはイシイさんという7つ年上の友人がいて、彼とは最初に入った会社の同期入社なのだが、彼は何を思ったか、入社して数年後に突然江東区にあったマンションを売り払い、長野県の松本に家を買って(当然会社も辞めた)引っ越してしまった。一度遊びに来てくれと言うので、彼が引っ越した年の秋(だったと思う)に車で訪ねてみた。すると、松本は松本でも郊外の山の頂上付近の別荘地で、要するに彼は別荘を買ったのだった。頂上で行き止まりになる山道を奥深く上っていくと、突然別荘地が現れ、数軒の別荘がまばらに立っている。シーズンオフなので、人の気配はまったくない。かなりの傾斜に立てられた彼の家はこぢんまりとした別荘で、傾斜に沿って2階建てになっていた。入ってみてなんかヘンだなあと違和感を覚えたのは、まず当然のようにテレビがなくて、おまけに時計というものが一個もないのであった。彼に聞いてみると、時間を気にせずに静かに暮らしたいという答えが帰ってきた。なるほどね、なんて話しながら夕飯を一緒に食べて、ぼうっとしていると、ホントに何の音もしない。まったくの静寂である。都会人には気味が悪いくらいの静寂だ。外は真っ暗である。街灯もないので、真の闇。まるで巨大な井戸の底にいるようだ。そのうち、眠くなってきた。彼と眠いね、なんて話をしながら、そろそろ寝ようか、ということになった。それで、僕は自分の腕時計で時間を見てみた。すると、驚いたことにまだ7時だったのである。都会で言えば夕方の7時。さすがに僕はびっくりした。僕は、まったくの夜だと思っていたのである。このとき、人間の本来のリズムというのは、日が沈んだら眠り、日が昇ったら起きる、というものなのだな、と思った。何しろ、当時は僕のリズムといえば、深夜3時4時に寝るのが当たり前だったのだから。
この話でも分かるように、人間は本来、夜は寝るように出来ているのだ。なのに、年々夜更かしをする人間が増えているのはどういうことだろう? 最近は幼児ですら11時ぐらいまで平気で起きている。かつて、用賀に住んで音楽業界の現場にいたころ、僕は3時とか4時に寝るのが当たり前で、運動不足解消のために深夜2時ごろに近所を走っていたことがあった。しかし、あるときふと前述のイシイさんとのことを思い出した。もしかしてこれはかえって身体に悪いのではないだろうか、と思った。つまり、本来なら寝るべき時間に走るというのは、自然に逆らうことに他ならない。寝るべき時間に走るなんて、身体に不自然な負担やストレスを溜めるだけなんじゃないだろうか、と思った。それで僕は走るのを止めてしまった。ところが今、僕は11時過ぎや12時過ぎでもジョギングをしている。それだけ痩せたい(つまり太った)からなのだが、時折イシイさんのことを思い出して、これってやっぱり身体によくないんじゃないのかなあ、なんて今でも思う。
あれから20年も経ったけれど、イシイさんはどうしているのだろうか? 後日談として、その後彼は結婚し、別荘はやはり不便なので市内にアパートを借りたと聞いた。アパートに時計はあるのだろうか? 彼はどんな風に年を取ったのだろうか? たぶん、健康なんだろうなあと僕は思う。そうであって欲しいもの。
written on 2nd, nov, 2007