requiem

「レクイエム」

...

僕は自己中心的で、自堕落で、冷酷な男だ。

彼女はこのホームページを作って、初めてネット上で知り合ったミュージシャンだ。メールを通じて知り合って、初めて会った相手でもある。彼女とは渋谷の喫茶店で会った。僕よりちょうど十歳ばかり下の彼女は、とても小柄で、子供と大人が同居しているような印象だった。その日にデモテープをもらった。見た目とはうらはらの、レンジの広い、パワフルでクールなボーカリストだった。実際、そのころ既にライヴではそこそこ実績のあるボーカリストだった。

近頃ネット上で見るべきものがなかなか見当たらず、今日彼女のホームページを見に行ったのはほんの思いつきであり、ただの偶然に過ぎない。なにしろ、ここ二年ばかり更新したのを見たことがないし、人のサイト上に借り物のように存在していたから。なにより、僕は彼女に振られた人間だから。

そこで、僕は彼女が去年死んだことを知った。

デモテープを聴いて、僕は知り合いのアーティストと組ませてユニットをやらせようと思いつき、実際何曲かデモを録った。そのうち、僕は彼女に恋をした。僕らはほんのちょっとだけ付き合った。彼女は当時既に十分大人といっていい年齢だったが、恋愛に関しては頑固なほど古典的だった。結局、僕はキスも許してもらえなかった。そのころの僕は今にも増して最低な男だった。つまり、自分というものをまだ十分に理解も把握もしていなかった。僕は仕事もそっちのけで毎日パチンコ屋に通うようなやくざ者であり、一度彼女をパチンコ屋に連れて行ったこともある。景品でなにかプレゼントするから選んで、と僕は得意げに言った。そのころの僕はかくも愚か者だったのである。彼女は僕に選んで欲しいと言った。

僕はあっという間に振られた。当然である。原因は冒頭に述べた通りだ。実を言うと、彼女にプレゼントしようと景品でティファニーのイヤリングを手に入れた。結局、渡さずじまいになった。そのイヤリングはそれからしばらくしたある日、そのころ通っていたパチンコ屋のドリンクサービスの女の子にあげてしまった。コーヒー一杯がタダになった。

その後しばらくして、仕事の話で何度か彼女に電話をした。僕らのあいだには以前と違う溝のような隔たりが出来ていた。なによりも、彼女が僕に対して堅固なバリヤーを張り巡らしていた。僕らはそれっきり会うことはなかった。

こんな男だから、僕には月並みな言葉を投げかける資格もない。ただ、現実というものは時としてあまりにも唐突なかたちで、人生には終わりがあることを告げるのだった。もう下北沢の暗がりで彼女を抱きすくめたことは忘れよう。僕は冷酷で、非情な男なのだ。

さよなら。

written on 1st, mar, 2002

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