それは、週末帰りの電車の中だった。その男は僕の左隣に座っていた。座った瞬間に気づいた。これはなんの匂いだろう、と。最初は汗の匂いかと思った。僕は特別鼻が利くわけでもないし、このところずっと風邪をひいていたので鼻が全開というわけでもない。しかしながら、それでも十分に気になる匂いだ。いわゆるわきがの匂いとも若干違う。わきがの強烈な人の場合は目が痛くなるほどなので、この場合はもっと遠慮がちに匂っている。言うなれば、汗が60%、わきがが40%という具合にブレンドしたものだろうか、とも考えたが、それにしては絶妙に臭い成分が混じっている。まるでおならをした後の豚のような匂いだ、と思った。しかしこれは、考えてみると豚という動物を間近で見たことがそれほどあるわけでもなし、あくまで想像上のことである。しかしこの匂いはなにかに似ている。そうだ、うんこだ。うんこ。だが、失禁したというわけではあるまい。だとしたら、あからさまに匂ってしまうはずであり、こんな風に考え込むまでもないからである。ブレンドした、という感じなのである。汗と体臭とうんこを3:3:4、あるいは3:4:3という具合に。少々味にこだわりのある喫茶店のオリジナルブレンドみたいな感じだ。いずれにしても間欠的に不快な匂いが漂ってくる。僕は彼を仮にうんこ男と呼ぶことにした。これはうんこ男が悪いというわけではない。彼はむしろ遠慮がちに座っており、控え目な男に見える。しかしながらうんこが絶妙にブレンドされた匂いを発している。なんという悲劇であろうか。てなことを考えていると、目の前で吊革に捕まって話し込んでいた中年のサラリーマンの二人組のうちの一人が降りた。すると、残った一人が突如人が変わったように奇矯な行動に出始めた。両手で二つの吊革にぶら下がり、首をさかんに左右に振りながら、足を交互に交差して、片足ずつつま先を立てるのである。座っている僕には足の奇妙な動きが否が応でも目に入る。それは、下半身だけ見れば、赤塚不二夫の漫画、「おそ松くん」に出てくる、シェーというポーズに似ている。それを足を換えながらやっているのである。左足でシェー、右足でシェー、左足でシェー、以下繰り返し。いったいこいつはなにをやっておるのだ? 見上げると首は一時も止まることなく、振り子のように左右にかくかくと動いている。これは踊りだ。踊りに違いない。僕はこの踊りをシェー踊りと名づけた。相変わらず左側からは絶妙にブレンドされたうんこの匂いが漂ってくる。うんこ男とシェー踊り。うんことシェー。
途中、快速に乗り換えるためにホームに降り立つと、どぶの匂いがした。
written on 17th, may, 2004