sin city

「シン・シティ」

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ラス・ベガスに来たのは今回が初めてである。そもそも行きたいと思ったこともないのだが。僕はこういった観光地、ショー・ビジネス、アミューズメントというものにとんと興味を覚えないのだ。従って、ディズニー・ランドの類も同様である。というか、ディズニー・ランドには二度と行きたくない。煙草も吸えないし、待つのも嫌いだし、なによりジェット・コースターの類が酷く怖いのである。

しかしまあ、仕事ならばしょうがない。というわけで、混み合ったエコノミーで気が狂いそうになりながら、しかも乗り換えのサンフランシスコでも煙草が吸えず、ようやっと辿り着いたラス・ベガスは空港を出ると砂漠の中の殺風景な街だった。と、みるみる巨大なホテルが次から次へと現れ、中でもとりわけダサそうなホテルが僕らが宿泊するホテルだった。その向かい側にそびえる巨大なホテルがコンベンションの会場だ。

しかしこの街、空港にまでスロット・マシンがあるし、どこのホテルも一階は決まってカジノ、しかもどこに行くにもカジノを通らないと行けないようになっている。普通なら「Lobby」となっているはずのエレベーターの一階の表示も「CASINO」になっている。カジノにならぶスロット・マシンの群れはまるでパチンコ屋だ。それも台がやたらと古い。24時間年中無休とくれば、新台入替もままならぬのであろうか。そもそも、そんな必要もなさそうである。ほとんど年寄りと田舎者で構成された客は、こんなものでも喜々として金を突っ込むのである。この街に来ると、いかにアメリカ人にデブが多いかが分かる。それも日本では十年に一度お目にかかれるかどうか、という、生物としてもどうかと思えるようなデブもよく見かける。さながら、「デブの国」に迷い込んだようである。

部屋は16畳ぐらいのワンルームで、真ん中にキング・サイズのベッドがでんとある。このラス・ベガスという街はとにかく、どこかしらチープな豪華さが売りであるらしい。ベッドサイドの机に置いてあるデスク・ランプの電球が切れていたので早速フロントに電話をしたが、とうとう帰るまでこのランプは点かなかった。到着したばかりで疲れ切っていたので、ひとまずルーム・サービスでパン・ケーキとコーヒーを頼んでみる。と、このパン・ケーキがでかいフライパンぐらいの直径があって三枚重ね、いったい誰が食うんじゃこんなもん、と思ったが、どうりでさっき電話で「一人で食うのか?」と尋ねられたことを思い出す。しかし、たかがパン・ケーキとコーヒーで22ドルも取るか? 部屋の中にはどこから入りこんだのか、蛾が一匹、バタバタと飛んでいた。

まあそんなしょうもない街ではあるが、窓から見る風景、昼は四方を山に囲まれた砂っぽい中にホテルのビルがぽつぽつ、さすがはネヴァダ州、というどちらかというと殺風景という印象を受けたが、夜になるとこれが一変、地平線まで続く街明かりにゴージャスなホテルのネオンがきらめき、目抜き通りのラス・ベガス・ブールヴァードにはいつ果てることもなくヘッド・ライトが流れる見事な夜景に変わる。しかしまあ、こんな子供だましのショーやらネオンやらに踊らされて夜っぴき金を使う老人・田舎者・デブたちは何を考えているのであろうか? まったくもって阿呆らしい街である。この街すべてが偽物でできているのだから、それはそれでコンセプト自体が凄いとも言えるが。

結局僕はギャンブルの類には1セントも使わなかった。日に三度も一階にあるスターバックスに行っては飲み物を買ってくる。しかし、日本のスターバックスとは違って、ショートというサイズがない。一番小さいのでトールサイズ、しかもふちまでなみなみと注いである。いったい、水でもこんなに飲むかという量のコーヒーを飲むのだから、さすがにデブの国である。という具合に無駄な量だなあと思うものの、部屋に冷蔵庫もないし、他になにか気の利いたものがあるではなし、朝食すらこのスターバックスのチョコチップマフィンを食べている始末。一応24時間営業のカフェはあるのだが、驚くべきことにここのエスプレッソはぬるいと来ている。一体全体、どのように作ればぬるいエスプレッソなどというものが出来るのか、いまだにもって謎である。

まあ他にも馬鹿馬鹿しいものは数え上げれば切りがないのでこの辺にしておくが、考えてみれば十年ぶりのアメリカ、やっぱりアメリカだった。

written on 23rd, aug, 2003

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