so what?

「一人称に関するどうでもいい考察、および山形についてのちょっとしたトリヴィア」

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僕は「僕」であって僕ではない。つまり、僕は「俺」であって僕ではない。ましてや俺は「私」ではない。要するに、「僕」というのは文章を書くときの一人称であり、口語では常に「俺」である、ってことである。では何故文章になると「僕」になるのか、っていうのは、文章、言葉にはそれ自体の世界があり、そのための一人称が必要だからである。

簡単に言うと、一人称小説を書く場合、「僕」と「ぼく」、「俺」と「オレ」と「おれ」、「私」と「わたし」と「わたくし」ではそれぞれキャラクターが違う。ニュアンスも違う。まったく日本語というのはややこしい言語である。英語だったら「I」だけで済むのに。ただ、英語や「私」なんかの場合には、主人公が男であるか女であるかをどこかで分かるように書かなければならない。まあ、最後まで読んで男か女か分からなかった、なんて小説は滅多に存在しないだろうが、早めに分かるに越したことはない。

文章の場合、一人称の使い方によって、文章の性格もある程度決定づけられるところがあり、筆者の意図を伝えるという意味もある。例えば、「俺」は純文学寄り、「オレ」なら口語体に近い、最近で言えばJ文学みたいなポップな文体、「おれ」はハードボイルド、みたいな。つまり、一人称というのは自分のキャラクターをどう位置づけるか、という役割を担っている。

では、僕は何故文章を書くときに「僕」を選んだのか、という話だが、実を言うと、なんにも考えてないのだ。ただ自然に出てきただけ、僕にとってそれが一番自然だったから、というだけのこと。ある意味、僕は文章を書くときに「僕」という人格になる、とも言える。だから、これといった特別な意図はない。たぶん、僕は「僕」なのだと思う。少なくともテクストという世界においては。

で、実生活においては昔から「俺」なのである。仕事やオフィシャルな場では「僕」になったり、ごく稀に「私」になったりするが、喋っているうちに、つい口をすべらせて「俺なんか」みたいなことになってしまうことがしばしば。昔からの友人にメールやコメントをする場合も、大概が「俺」である。ま、所詮、俺は俺なのである。どうでもいいけど、「のである」が多いな、俺の文章は。それはともかく、最近はあまり考えなくなったが、以前はよく、本当に歳を取ってジジイになったときに、自分をなんと呼ぶべきか、なんてことをよく考えた。僕は人生の大半を東京で過ごしており、そのままずっと東京に住むものとばっかり思っていたのだが、ひょんなことから埼玉に引っ越した。もしこれが引っ越さずに東京にそのまま住んでいれば、ジジイになったら「僕」とかが都会っぽいのかなあ、ちょっとインテリジェンスを感じるのかなあ、でも考えようによっては気取っている感じがしないでもないな、とか、それじゃあ「私」はというと、うむ、なかなか上品ではないの、ただいささか年寄りくさい感じがしないでもないが、などと思い、じゃあ、やっぱり「俺」のままでいいか、っていうと、なんかちょっとただの田舎者、もしくは無法な年寄り、という感じもする。なんてことをああでもない、こうでもないと考えたりしたものだけれど、結局のところ、要はどういう年寄りになるか、ということすら分からないわけで、こればっかりは実際に歳を取ってみないと分からない。さて、どんなジジイになることやら。

で、突然山形の話になるわけだが、昔、「トリヴィアの泉」って番組で山形では電話をかける方が「○○でした」と話し始める、ということが取り上げられて、「へぇ」がやたらとついた、という話をたまたま番組を見た当時の部下から聞いて、本当ですか?と聞かれたのだが、これはもちろん本当、僕にとっては不思議でもなんでもない。正確に言えば、「○○でしたー」と伸ばすのが正しい。例:「おばんです、鈴木でしたー」

とまあ、これは前フリで、今回はあなたも簡単に山形人になれる、という方法を教えよう。単刀直入に言えば、山形、少なくとも僕の生まれた昭和の世代の山形では、一人称は男も女も「オレ」なのである。つまり、英語の「I」みたいなもの。だから、いまだにうちに母親は「オレ」と言うし、僕の同級生の女の子(?)も自分のことを「オレ」(たまに「わたし」という場合もある)と言うのである。げっ、と思った方も読者の中にはおられるかもしれないが、案外とこの「オレ」、実際に使われている場面ではそれほど違和感がない。例えば、可愛い女の子が顔を真っ赤にして、「オレ、お前のごど好ぎだ」なんて言われると、胸がきゅんとするというか、結構ぐっと来るのである。ちなみに、「オラ」というのは一人称ではなくて、「オレは」を意味する。例:「オラやんだ」(オレは嫌だ)

まあ最近はあんまり頻繁に帰省していないし、近頃の山形のガキは標準語を喋ったりするので、今は果たしてどの程度「オレ」が生き残っているのかはよく分からないけれど、僕にとっては女の子が「オレ」と言うのは、ちょっとノスタルジックな、甘酸っぱい感じがするんだな。

written on 17th, jul, 2008

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