tokyo

「新宿」

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人間ドックに行った。

朝七時に起きて、何も食べず飲まず、もちろん煙草も喫わずに新宿へと向かった。診療衣に着替えて各検診をぼうっとソファに座って待つ。どうやら僕が一番若そうだが、もう一人、同じような人が一人。同じ保険に入っている同じ業界の人間だろう。なにしろ今日までなのだ、不惑検診とやらでタダなのは。何処と無くゴージャスで、やけに静かで女性スタッフばかりのクリニックはどこかロス辺りを思わせる。

一通りの検診を終わって、食事券をもらって外に出た。昼食を食べた後に戻って面接を受けてそれで終わりだ。空腹の癖にバリウムのせいでどこか腹だけは妙に膨れたまま、ふらふらとあてども無く新宿の高層街を歩く。時間があるので先に携帯の機種変更をしてしまおうとDOCOMOに寄ってみたが、目の前に居るのはとてもかつての電話局の職員とは思えないギャルである。やたらと目が泳いでまるで投げやりである。そろそろお昼が近付いたので気もそぞろなのか。いずれにしろ、一歩外に出ればまともな日本語など一行も話すタイプでは無いだろう。

結局機種変更はヤメて、目の前に都庁がそびえ立つ高層ビルの29階で昼食を取る。バリウムのせいで時折便意に悩まされながら。食べているうちに昼食時になり、閑散としていた店内はあっと云う間にビジネスマンやOLで一杯になる。僕はぼんやりと目の前の都庁を眺めながら、やけに孤独で、ついでにちょっと惨めな気持ちになった。

都庁と云う建物は、どこかテリー・ギリアムの「未来世紀ブラジル」を思い起こさせる。まるで官僚主義の象徴のようにそびえ立っている。

かつてこの街で起こったバスの放火事件が映画や演劇の素材になるのは何故だろうと考えた。たぶん、酷く無意味で惨めな死だったからだろう。

高層ビルのいいところは、東京と云う都市が大局的に見えるところだ。ここからは車や人がうごめくさまがやけに小さく見える。それを飲み込んでいる都市と云うものがなんとなく見えてくる。村上龍がこの街の高層ホテルのスイートにこもって小説を書くと云う気持ちがなんとなく分かった。ここからなら、この街が崩壊するさまを頭に浮かべるのも容易だ。

一昨日ずぶ濡れになって風邪でも引いたせいか、昼食を終えて外に出ると次第に頭痛が酷くなってきた。時間帯のせいなのか、それともそのせいだけでは無いのか、この街では自分が浮いた存在に思えてきた。道を歩く人はネクタイにスーツの人がやたらと多い。彼らは一様に何故か年齢不詳に見える。ただの子供。ただの観光客。ただの外国人。ただのやくざ。ただのホームレス。ここでは僕は中途半端に若く、中途半端に貧乏で、中途半端にルーズで、中途半端に年を取り過ぎた。なんでこんなに居心地が悪いのか。

そんなことを考えているうちに、気がつくと甲州街道をクリニックとは逆の方向に歩いていることに気付いた。また元の方向に引き返しながら、頭痛は次第に増すばかりだ。面接を終えたら、南口の中古屋でアンプを買い換えて、さっさと帰ろう。こんな街から。

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