wonder-ful world vol.17

「不思議なこと その17 歯磨きの不在、ならびに存在について」

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昨晩、奇妙なことが起こった。風呂上りに歯を磨こうと思ったところ、歯磨き(練り歯磨き)が見つからないのである。いつも洗面所の左側に置いてあるのだが、そこにないので洗面台の上を2・3周ほどくまなく見たのだがどこにもない。壁に取り付けてある戸棚の中も探したがない。それでもう一度洗面台をぐるりと見たのだがやっぱりない。どうしたらいいんだ。これでは歯を磨けないではないか。などと思っていると、足元で僕にやたらと甘える癖があるメス猫がニャアと鳴いた。それで僕はかがみこんでメス猫に「歯磨きどこにあるか知らない?」と訊いてみた。すると猫はまたしてもニャアと鳴いた。馬鹿げている。僕の頭の中にはクエスチョン・マークがイワシの魚群のように大量に渦巻いていた。なんでないんだ? で、もう一度洗面台を見ると、そこに当たり前のように歯磨きはあった。そことはどこかというと、洗面台の右側の手前、一瞥しただけで誰にでも分かるところにちゃんとあったのだ。逆立ちしようが三回転捻りをしようが、見逃しようのないところにあった。これはつまり、猫に話しかけるまでの僕は、それを目にしても歯磨きだと認識できなかった、ということになる。それ以外に説明のしようがない。つまり、そこに確かに歯磨きはあったにも関わらず、僕の視界の中には確かに存在しなかったということだ。不在。absense。結局僕らは目から入った情報を脳で認識して初めて「見る」のであって、脳が認識しなければ見えない。まあ簡単に言えば脳の誤動作だ。しかし、どうしてそのスウィッチが切れたのか、また猫と話した後にどうしてスウィッチが正常に切り替わったのか判然としない。具体的なファクターがない。この話はいかに人間が「見る」ということがいい加減かということを表しているが、しかし、最初は確かに歯磨きは存在せず、僕が目を離した隙に忽然と現れたということを完全に否定することは出来ない。もっと深入りすれば、僕はほんの数分間、歯磨きが存在しないパラレルワールドにいて、次にシームレスに、瞬間的に元の歯磨きが存在する世界に戻った、と考えることも出来る。こんな風に書くと実に馬鹿げたことのようにも思えるが、僕には今回の出来事といわゆる神隠しとはほぼ同義に思える。もちろん僕の頭は混乱した。僕は常々、自分の目で見たものだけが真実だ、と言っているのだけれど、それが根底から揺らいだのだ。どれが本当でどれが本当じゃないのか、僕には分からなくなった。それを判断する基準を失ってしまった。一体、僕はどこまで真実というものを把握しているのだろう? 途端に世界は怪しいものと化し、すべてが確固たる理由を失ってしまう。逆に言えば世界というのは小説と同じでなんでもありで、あらゆる事象はあり得る、起こり得るということになる。つまり、すべてが不思議なことになれば「不思議」という言葉自体が本来の意味を失ってしまうことになる。笑っちゃうことに、歯磨きひとつで世界は魑魅魍魎が跋扈する魔界へと変わってしまうのだ。いやはや、笑えないよ。

written on 17th, dec, 2009

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