the world doesn't end

「世界は終わらない」

...

僕は海藻になることにした。ホームセンターに行って一通り揃える。それを車のトランクに入れて、僕はお台場へと向かう。もっとも人工的な海へ。久しぶりに見る夜の東京湾はそこら中にあるありとあらゆる光を反射してきらきらと海面が輝いて見える。しかし、よりよって一番人口密度の高い海辺に来てしまったものだ。僕は苦労して人けの無い暗い空間を見つけ、そこに車を違法駐車する。トランクからアルミの四角い缶を二つ取り出し、その中に材料を入れ、念入りにかき混ぜる。コンクリートを造るなんて初めてだ。額に汗が滲む。ようやく練り終わると、僕はそれぞれの缶に片足ずつ入れる。さあ出来上がり。奇妙でやたらと重い靴の出来上がりだ。僕はコンクリートが固まるまで煙草を何本か吸って待った。最後の煙草を吸って、さあて後は海に飛び込むだけだ。ところが僕はうっかりして、海まで5メートルの地点にいることにようやく気づいた。飛び込むためにはこの異常に重い靴を履いて、5メートルの距離を移動しなければならない。ところが、いざ足を上げようとすると重過ぎて微動だにしない。何度試みても、たったの1cmも動けない。僕は額から胸元までびっしりと脂汗をかいた。これでは海藻どころか、出来の悪い観葉植物みたいではないか。ともあれ、うんともすんとも動けないこの状態をなんとかしなければならない。しかし、物理的にそれはどうやら不可能だ。今のところ。この状態はもはや自分ではどうすることも出来ない。僕はさっさと諦めた。無理なものは無理だ。それに、動こうとあがいたせいもあって、僕は疲労困憊していた。正直言ってうんざりだ。立っているのも疲れる。それで僕はふと思いついて、まず両膝を徐々に曲げてしゃがもうとしたのだが、まあ当たり前のことながら重心が後ろに移動したためにそのまま僕はしりもちをついた。両足が不自然に曲がって、僕はいてて、と声に出した。僕は膝だけを極端に曲げて背中と腰を地面につけて、妙な格好で仰向けに横たわることになった。この姿勢の救いがないのは、もうまったく身動きが出来ないということだ。立っていたとき以上に両足をこれっぽっちも動かせないし、動く見込みもない。やれやれ。なんてこった。僕はポケットから煙草を取り出してくわえ、ジッポで火を点けた。なんとなく妙に明るくてどこか嘘くさい夜空に向かってやけに白く見える煙を吐き出した。僕は松田優作が「太陽にほえろ」の中で殉職するシーンを思い出した。まったくもって、なんじゃこりゃ、という状況だ。なんでこんなみっともないことになったのだろう。いずれ遠からず誰かに見つかるだろう。その人がわざわざ僕を手伝って東京湾に放り込んでくれる確率は限りなく小さい。それ以前に、まず「何してるんですか?」と問われるだろう。一体なんて答えりゃいいんだ。星を眺めようと思って、などと言ってみようか。馬鹿げている。冗談にもならない。品のいいユーモアとも思えないし、第一何かを説明すること自体が恐ろしくみっともないことのように思える。それに、気の利いた言葉を発するにはこの姿勢はあまりにも馬鹿げている。否応なく見続けている夜空はそもそも曇っていて、星なんてどこにも見えない。これではただひたすら滑稽なだけで、ハードボイルドな要素は何もない。そのとき、僕の額に一粒の雨が落ちた。ん? と思っていると、雨粒は次第に頻度と数を増し、やがて本格的に雨が降ってきた。これじゃあ煙草も吸えないじゃないか。僕は次第にずぶ濡れになっていく。もちろん、ずぶ濡れになるのは僕の目的のある部分を満たしてはいるのだが、これで風邪でもひいたらもっとみっともない状況になる。東京湾の底で海藻になる予定が、ただ単にいたずらに健康を損ねるというのはロジカルに考えれば強烈な皮肉でもあり、本末転倒と言ってもいい。こういうのを惨めと言うのだろうな、と僕は思った。まさに、本格的に惨めだ。ああ、どうせならあと5分ぐらいで世界が終わってくれないかな。それが無理な相談だということは明らかだ。世界は終わらない。特にこんな夜には。

written on 24th, jun, 2009

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