メタモルフォーゼ

3月4日、水曜日。

昼過ぎに彼女がやってきて、夜中に帰って行った。彼女は変わってしまった。ほとんど笑わなくなった。もしかするとときおりは笑っているのかもしれないがそれを笑っていると僕が認識できなくなったのかもしれない。以前と決定的に違うのは、以前なら僕と一緒にいるときはキレることはなかったのに、最近は一緒にいてもキレるようになったということだ。気のせいか、普段話す口調まで以前とは別人のようだ。これまではいい彼女とときおり現れる悪い彼女の2つの人格があるように思っていたのが、最近はその2つの人格がブレンドされたみたいになってきた。

今日も彼女はキレた。彼女が今考えている仕事のアイデアについて、リスク管理の概念がまったく抜け落ちているのでちょっと上手くいかないだけでも彼女が破綻してしまうと思い、そのアイデアの危うい部分を具体的に僕が指摘すると、どうやら彼女は自分の計画にケチをつけられたような感覚に陥ってしまったらしくキレてしまった。それで夕方前に彼女は一度帰途に就いた。ところが帰り道に自分の計画の不備に気づいたらしく、ごめんなさいというLINEを送ってきたので、戻って一緒にカフェに行こうと僕は言った。それで彼女は戻ってきたのだが、よろしくないことに今度は自分自身の方が先ほど彼女がキレたことを許せなくて詰め寄り(何しろ手がぶるぶる震えるくらい僕は怒っていた)、また喧嘩になってしまった。途中で僕は自分が一方的に怒っていることに気づき、口論を辞めることにして、とにかく一緒に今日Web上で見つけた山形のカフェにメシを食いに行くことになった。

それで二人で蔵を改造したカフェで夕飯を食べ、その場では比較的普通に会話を交わしていたのだが、カフェからうちに戻ると今度は僕の手が抑うつ状態で痺れてきて気分が悪くなり、具合が悪くなってしまった。いずれにしろ、僕らの間の微妙な気まずさのようなものは消えなかった。どうやっても何かが決定的にずれている気がしてしまうのだ。なんだか、僕らの間には深い溝かあるいは高い壁でもできてしまったかのようだった。もちろんそれは彼女も感じているのだろう、夜の10時を過ぎているのに帰ると言って帰って行った。

確かに僕の調子も悪かった。彼女も最初のころとはまるで別人のようだった。それでも彼女が帰った途端に闇雲に寂しさが押し寄せてきて、慌ててサンダルをつっかけて車庫に行ったのだが既にそこには彼女の車はもうなかった。

たぶん彼女だけではなく、自分自身もどこか変わってしまったのだろう。悪いとき、つまりキレたときの彼女には感情的に接しないという自分が作ったルールをいつの間にかすっかり忘れていた。なんでこうなったのかよく分からない。コロナウイルスの存在も僕らの関係にいい影響を与えていない。ウイルスが現れて以来、何もかもがよろしくない方に歪んでいるような気がする。2011年の震災の後もそういう感覚はあったが。それにしても、かつての彼女は一体どこに行ってしまったのだろう? 残念ながら、恐らく今の彼女が本来の彼女なのだと思う。僕の頭の中にいた彼女は、ある種の幻影のようなものだったのだ……。

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