New Inn

3月5日、火曜日。

アラームで8時ジャストに起床、9時45分に病院着。昨夜寝たのはたぶん1時前だと思う。最後に時間を見たのが0時半過ぎでそれ以降の記憶がないので。

本日血液検査をした結果、炎症反応が強いということで抗生剤を点滴するために母は今日から入院ということになった。いろんな人に病院の方が安心でしょうと言われるけれど、僕自身の感覚では予定よりも10日も早く入院することになった母が可哀そうで、むしろ特養にいる方が安心する。たぶんそれは特養の方が居心地がまだよさそうに見えるからだと思う。実際、病院の四人部屋としては一人分のスペースが広い方だとは思うがベッドは小さくいかにも窮屈そうである。それに僕が病室にいる間だけでも母の斜向かいのベッドにいる患者のいびきが凄まじく、自分だったら耳栓なしでは耐えられないだろうと思った。

一番大きいのは現在の母の担当医であるS医師を僕が(完全には)信頼できていないということだろう。以前母の硬膜下血腫の手術をしてくれた同じ病院の脳外科のS医師は信頼できた。どちらも若い医師で同じイニシャルではあるけれど、信頼できるできないというのはまったくの勘でしかない。それは第六感というよりもむしろ、当初の分からない、こんな症例は見たことがないといった困惑した発言であったり、自分ではなくわざわざ大分から医師を呼んで手術をしてもらうといった、いろんなディテイルから来ているものだと思う。

実際のところ、県立中央病院は恐らく山形県内では一番設備の整った総合病院だと思われる(山形大附属病院を見たことがないので確信はない)が、自分が以前悪性リンパ腫で入院した帝京大学病院とかと比べるといろいろと見劣りがする。それに、細かいところだが去年の年末に最初に入院の説明を受けたときにボディシャンプーが必要、それも泡で出る奴がいいと言われたのでわざわざそういう奴をドラッグストアで買って持って行ったのに、いざ本当に入院となったら今日の担当の男性看護師はボディシャンプーを見てこれなんですか?という始末。そういう些細なところから病院に対する信頼度というものは薄れる。

とはいうものの、もはや後は母の手術が無事成功するのを祈るばかりなので、いずれにせよもう医師も病院も信頼するしかないのだ。

そんなわけで今日は朝から6時間以上病院にいて疲れ果てた。病院疲れ。それは長い待ち時間による疲れというわけでは実はなく、一番大きいのは駐車場があまりにも混んでいて、広大な駐車場の一番奥に車を停めざるを得ず、よっていつになく歩く羽目になったということだと思われる。つまり、ちょっと車に行って煙草を一本吸ってくるといっても往復で結構歩かざるを得なかった。

前回までの看護師(おばさん)は例の事件によって気まずいから他の人なら誰でもいいから替えてくれと頼んだのが功を奏し、今日特養からついてきたのは普通にそこそこ美人で普通に標準語でコミュニケーションの取れる、非常に好感の持てる感じのいい看護師だった。彼女はある女優にとてもよく似ていると思うのだが、その女優の名前がどうしても出てこない(と、今読み返していて松なんとかというところまでは思い出した)。前述のように美人で感じも非常にいいのだけれど、どこかしら薄幸の女という印象をかすかに受けるところがあり、それが僕にとってはなんだかなかなか超えられない壁のように思えた。いや、壁を超えてどうする、口説くのかという話なのだが。そういう印象も恐らく僕自身の自意識が作り出すものなのだろう。

ともあれ疲れた。今日の医師の説明ではこのまま手術後までずっと入院するのか、それとも手術前に一度退院して再入院するのかはよく分からなかったが、前者の場合であれば今日からひと月あまり毎日車で往復一時間以上かかる病院に通わなければならない。正直それはそれでしんどいが、一番辛いのは母なのだから自分もいずれ慣れていかなければならない。しばらくはいろんなことが手につかないだろう。

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