コズモポリス

4月17日、水曜日。

ドン・デリーロ「コズモポリス」読了。

正直なところ、あまり面白くなかった。主人公の一日を時間軸通りに描いているのだがそれなのにプロットに一貫性や脈絡があるように思えない。すべて作者の頭の中の作りごとに思えるのだがそれにもかかわらず物語性が希薄に思える。正直に言ってドン・デリーロはストーリーテリング、ひいては小説の書き方が下手なのではないかと。フィリップ・ロス、トマス・ピンチョン、コーマック・マッカーシーと並んで現代アメリカを代表する作家と言われているが、例えばコーマック・マッカーシーは読点や引用符を用いないという特異な文体にもかかわらず小説としては非常に分かりやすい(つまりプロットを追いやすい)が、一方ドン・デリーロの文体はむしろ普通でこれといった特徴はないものの、熱心にあるシーンを執拗に描写してもそれが具体的なイメージとして結びつかず結果散漫な印象を受けてしまう。致命的なのは同一の時間軸上にあるシーンと次のシーンがシームレスに繋がらない。これはつまり、単純に筆力が足りない、構成力が足りないんじゃないかと思う。まだ一作を読んだばかりなのでそれで決めつけるのは気が引けるが、ディテイルにもプロットにも魅力を感じないのでこれ以上読む理由がない。例えばカズオ・イシグロの「充たされざる者」では時間軸通りに話が進むのにもかかわらず、その時間が伸びたり縮んだりする。エレベーターで上がる時間が物凄く長い時間に引き伸ばされたりする。最初は奇妙に思えるがそれが小説全体としてはバランスが取れており必然性があると思える。つまり苦にならない。それがドン・デリーロの場合はあるシーンのディテイルを書けば書くほど前後の脈絡や必然性が見つからなくなる。それは人によっては面白いと思う人もいるのだろうが、僕にはそう思えなかった。マイケル・オンダーチェの「イギリス人の患者」(イングリッシュ・ペイシェントの原作)も散文詩的がゆえにプロットの力強さや説得力がなかったが、ある意味それに似ているかもしれない。小説というよりも散文という感じがするところが。この辺は人によって好みが分かれるところだろう。

ところで今日、アマゾンからアソシエイト・プログラムアカウントを閉鎖するというメールが届いた。その理由というのが365日以上売り上げがないからだそうだ。つまり、こんな風に一生懸命にリンクを貼り付けても、誰もそこからアマゾンに行って買わないということだ。確か10年ぐらい前は自分の貼ったリンクから買い物をする人がある程度いたし、数年前も数は減ったもののまだ存在したのだが、要するに買わなくなった、あるいは読者の数自体が減ったということなのだろう。恐らくそれはブログという(安易な)スタイルが定着してあまりにもネット上にサイトが増えた、つまり選択肢が増え過ぎたということなんだと思う。言い方を変えればそういう衝動的に買い物をする人はどこかよそに行ってしまって淘汰されたのかもしれない。

それはともかく。今日もまた朝の8時台から選挙カーががなりたてて起こされた。なんとか二度寝したものの9時過ぎには起きて、憤懣やる方ない。そして、朝だけに留まらず日が暮れるまで一日中この小さな町じゅうを選挙カーが暴力的な音量で名前を連呼して回った。こいつら全員を落選させる方法は何かないものかと思う。

夕食後の夜になって台所のノートパソコンがまた挙動がおかしくなり、とても実用に耐えないぐらい重くなった。特にブラウザのFirefoxの動作が物凄く重い。しょうがないので一度全部アプリケーションを閉じてから比較的軽いブラウザのVivaldiを立ち上げたらなんとか許容範囲に動くようにはなったのだが。昨日もこのノートPCは壊れたんじゃないかというぐらいに動作が重くなったし、買ってからそれほど年数は経っていないはずだがそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになった。それで価格コムでノートパソコンを調べているうちにまずHuaweiの10万ぐらいするノートPC(スマホもタブレットもHuaweiなので自分の中では信頼度が高いメーカーだから)を(分割払いで)買いそうになりすんでのところで思いとどまったのだが、次にそれよりもずっと安いが同じくらいの性能のレノボのノートPCをあとクリックひとつで買うところまでいってこれもようやく思いとどまった。もうホントに99%買うところまでいったのだがなんとか思いとどまれたのは、今使っている問題のノートPCがレノボだから(常日頃二度とレノボは買うもんかと思っている)。そしてそれよりなにより、そもそもノートPCは基本台所でしか使わないので、朝食後と夕食後の時間ぐらいしか使わないし、それ以外で必要なのは旅行に出たときとかだが、この6年間で宿泊する旅行に出たのは2回(東京と仙台)だけであってそういうことを考え合わせるとそんなものに金を投じるのはいかにも贅沢で無駄遣いだと思ったからである。ときどきというか頻繁に調子が悪くなるものの、今のノートPCも一応動いてはいるわけだから。しかしそれでもレノボのノートパソコンに抗いがたい魅力を感じるのは、コストパフォーマンスが異様に高いから。CPUがAMDのRyzenというのも魅力だし、処理速度も今これを書くのに使っているデスクトップよりも速そうだ。もうひとつノートパソコンを使わざるを得ない事態があってそれは先だっての年末年始に起こったようにデスクトップPCが壊れたとき。夜中に郵便物を出しに近所のポストまで歩きながら、もしまたデスクトップが壊れるような事態になったら、そのときに買おうと思った。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク