精神的敗北、プロスペクト理論

2月4日、火曜日。

9時19分起床。予報とは異なり、起きてみたらドカ雪でもなんでもなかった。

今日は父の命日。例年どおり、仏壇に父が吸っていた煙草(マイルドセブン)を供える。父が亡くなってもう12年になる。12年というのは決してあっという間ではない。随分と昔のことのように思える。一方、母が亡くなってから3ヵ月。実際にはもっと前のような気がしてしまう。まだ3ヵ月しか経っていないんだ、という感覚。

今日も朝から業務。午前中はするすると伸びて、利確しようかどうしようか迷う。結果的にはそこが日中のピークだった。午後になると一転してドローダウン(含み損)。今日は1時に精神科だったが、事前に電話すると2時半に来てくれというので、それもちょっと調子が狂った。その間、Kindleでプロスペクト理論の本を一冊読んだ。

プロスペクト理論は簡単に言えば利益は早く確定したくなり、損失はなかなか確定できないという心理バイアスのことである。要は常日頃言っているたらればの世界、自分の判断というか行為をどう捉えるべきかという、トレードの世界でよく言われるメンタルをどう捉えるべきかということを知りたかった。プロスペクト理論には大まかに損失回避性、参照点依存性、感応度逓減性という3つのポイントがあって、一言で言えば前述のような心理だが、それが状況によって変化するという意味合いもある。例えば利益や損失が小さいほど過敏になり、大きいほど鈍感になる、というような。

結局今日自分が取った行動はまさにこれだった。読んだばかりの本に書いてある通りの。ドローダウンの時間があまりに長かったし、夕方になってチャートの形もあまりよろしくなくなってきたということもあり、建値を上回ったところで微益で利確してしまった。結局夜になった今チャートを見ると、それは単にレンジ内の揉み合いの動きであり、結果的には想定通りに順行した。ただそのタイミングが遅かっただけである。詰まるところ、今日の結果は精神的敗北だなと思った。ただその後やり直すタイミングもあったので、要するに時間帯、タイムレンジの問題だけだった。昨日はたまたまそれが都合よく行ったというだけ。考えてみればいつから朝から夕方までの日中業務という、会社員みたいな時間帯で考えるようになったのだろうか。そこがまず不思議。妙に生活がルーティン化している。唖然とするのは、今チャートを見るとあらかじめ置いておいた決済指値がついていたということ。まさに精神的敗北に他ならない。プロスペクト理論そのまんま。結局一番問題なのは、ちょっとでも想定と逆行するとネガティブな方に限りなく想像が膨らんで恐怖感を覚えてしまうことだと思う。これはプロスペクト理論には当てはまらない。多分に自分の性格の問題かと。

それはともかく、2時半に精神科に行ってみると、尋常じゃなく混んでいた。一体何がどうしてこうなったのかというぐらいに。ただ自分は一応13時の予約なので少し待ったら呼ばれたけれども。それにしてもなんで今日はあんなに精神科が混んでいたのだろうか。

父の命日なんだから花ぐらい買ってくればよかったとくよくよと考えている。これまた、明日でもいいのだろうか。何事もやり直しが効くのだろうか。それとも効かないのだろうか。

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