痺れ、罪悪感

昨夜の就寝は2時半過ぎ、今朝起きたのは9時半。今朝は今年に入って初めて、朝食を食べている間暖房を入れなかった。

で、今朝は昨日に比べると体調も精神的にもずっとよく、元気と言ってもいいくらいだった。途中までは。が、業務中、午後になって少しずつ精神的に不安定になってきたので、安定剤のソラナックスを飲んだ。帰りに洗濯物を持って母親の病院に寄った。一昨日のことがあるので、母親に会うのが正直少し怖かった。また自分が酷い状態になったらどうしようという思いがある。なので、いつものように「ダメだ」「困った」「何も出来ない」と言う母親を励まし続けたが、今日は意識して客観的に、気持ちの上で少し距離を置いて接するように努めた。そのお蔭か、先日のような途方もない疲労は覚えなかったけれど、そういう風に(気持ちの上で)接したことに対する罪悪感を覚えて、帰宅後もなかなか消えなかった。

そんなわけで夕方までは昨日よりずっとマシで動ける状態だったのだけれど、考えた挙句、明日の近所の人の葬儀に出席するのはどうしても気が重く、向かいの人を訪ねて、僕は出席出来ないのでと香典を預けた。ところが家に戻るとそのことに対する罪悪感がこれまた物凄い。昨日も書いたように亡くなったのは父の葬儀に出てくれた人なので、その人の葬儀に自分は出ないのか、という罪悪感。僕の母親ととても仲がよく、僕と同じように都心から帰郷した向かいの人にどう思われるだろうと。香典を頼むときに、気のせいか不機嫌そうに見えたのも凄く気になった。こいつは義理を果たせない人間だ、と言われているような気がして。

だったら明日、やはり葬儀に出席すればいいようなものだが、昨日と一昨日の調子の悪さがどうしても気になる。それに、僕自身はまったく面識のない人の葬儀に出ないということに対して、考え過ぎているのではないだろうかとも思える。こういった、罪悪感とジレンマでだんだん気分が塞いでいった。

で、夕飯を食べ終えると、また手が痺れてきた。手に力が入らなくなり、ぴりぴりと痛い感じがする。頭がなんとなく重くなり、肩が凝ってくる。気がつくと昨日同様、酷い抑うつ状態になっていた。何も出来ない。救い難い気分。安定剤をまた1錠飲み、気分を紛らわせようとコーヒーの生豆を炒り始めたけれど、どんどん気分も体調も悪くなっていく。あまりにも酷い状態になったので、少々時間は早いがHに電話してみたが繋がらなかった。

そんなわけでしばらく台所でPCを前に頭を抱えて鬱屈していたが、安定剤が効いてきたのか少しマシになってきた感じがしたところでFacebookでのんさんとチャットをし始めたら、少し気が紛れた。Hから電話がかかってきて、さっきまで長電話をして、その間はなんとか普通に話すことが出来た。

今日の煙草は19本。いつもより遅く起きたのに、結局20本が目前となってしまった。ストレスや罪悪感を覚えるたびに吸いたくなってしまう。だが、実際吸ってみると以前のように美味しいとは思えない。が、不思議なもので煙草というのは1本吸うともう1本吸いたくなるものだ。

これを書いている今、もう日付は変わってしまったけれどまだ手は痺れているし少し頭痛もする。ちょっと気を抜くとずぶずぶと沈んでしまいそうだ。早く寝た方がいいのは分かっているが、寝れるだろうか。昨夜も結局睡眠薬を飲んでしまったし。今はしょうがない、と自分に言い聞かせてはいるものの、日を追うごとに煙草も薬も増えつつあるのは気になる。いろんな罪悪感がいつまで経っても消えない。やっぱり明日、葬儀に出るべきだろうか。

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