2月25日、木曜日。
午前中、ようやく風邪が治まったかなと思ったのだが、昼食に久しぶりに蕎麦を茹でて食べたところ食後に猛烈な眠気が襲ってきて結局ソファで毛布を被ってしまった。
30分ほどうとうとしたところで携帯が鳴って起こされた。母のいる特養からだった。特養はまだ面会禁止でもう10日以上母には会っていない。職員の話すところによると、母の左足のむくみが酷くなり痛みも出てきて歩くのにも差し障るほどになっているので病院に連れていくかどうか、というものだったが、まずそこまでむくみが酷くなるまで連絡をよこさなかったことに対してカチンと来て頭に血が上ってしまった。頭に来たのでががーっとまくしたててしまう。どうしてこう人間というものはかっとなってしまうのだろうか。ともあれ、弟と相談して欲しいというので一旦電話を切って弟に電話。いずれにせよむくみに関してはこれまで二度地元の病院に連れていって結局専門ではないということで県立中央病院に行く羽目になったので、今回は最初から県立中央病院に連れていった方がいいだろうということにして、今度はこちらから特養に電話をするが今度は先ほどの職員が席を外しているという。かけ直してもらうことにしたのだが30分経ってもかかって来ず、またいらいらして頭に血が上る。ようやく電話がかかってきたところでまたもや食ってかかる。話しているとだんだん怒りに火がついて止まらなくなるのである。むくみを抑えるためには弾性ストッキングを穿かせるしかないのだが、職員がそれを嫌がるので終いには激昂してしまう。
その後、再度電話がかかってきて結局来週の火曜日に県立中央病院に連れていくことに。
怒りが収まるまでにしばらくかかった。ひとつには母のことが可哀想で不憫でたまらず、その不安が職員に対する怒りへと変質してしまうのだった。ただ頭の一方ではまた怒ってしまったという自己嫌悪がある。大体に於いて、怒りに任せて喋るといつも余計なことを口走ってしまうのだった。一言どころか二言三言多くなる。それで後で嫌になる。
ようやく怒りが収まったところで、外はいい天気なので久しぶりに散歩がてら徒歩15分弱のコンビニまで歩いて煙草を買いに行く。この場合の煙草というのはもちろんアメスピのことである。ラークマイルドは売るほどあるのだから。
往復30分ほど歩いて戻ってくると、顔というか特に耳がかじかんだところをみると、結構寒かったのかもしれない。
夜は夜で、弟が連絡してこないのでいらいらする。結局こちらから電話。こいつは俺が電話しないと自分からはかけて来ないのだろうかと物凄くむっとする。こうして、母に関する不安や憐憫が他者に対する鬱憤となってしまうのだった。
それ以外は一日相場をやっていたのだが、50ピップス利食いし損ねて結局同値になり、マイナスにこそならなかったもののそれもいらいらのタネに。もちろん自分が悪いのだしただ単に相場に振り回されているだけなのだが、終いにはすっかり嫌になってしまう。
こういった怒りやいらいらは、結局のところ自分自身に対して嫌になっているということなのである。一番腹が立っているのは自分自身の弱さに対してなのだ。
職員の話によるとまだ面会制限しているものの来てもいいということなので、明日は母の顔を見に行ってこようと思う。
今日の反省: 出来れば腹を立てずに生きたい。無理かな。