3月23日、土曜日。
今日の手帳の予定には「タオル」としか書いてなかった。母のタオルを昨日洗濯して、今朝乾いていることを確かめた。
タオルを忘れたことに気づいたのは、最上川の橋を渡って隣町に入ってからだった。雪がちらちらと舞う中を車で病院に向かいながら、なんでタオルを忘れたんだろう?と思った。今日の予定はそれだけだったのに。あんなに忘れないようにと思っていたのに。なんだかタオルがトラウマになりそうだ。家に引き返して取って来ようかと思ったときは、既に13号のバイパスに乗るところで、手遅れだった。なんてこった。そう思いながら走っていると雪は本降りになり、空から無数の雪が舞い降りてきた。
今日の母は昨日同様に無口だった。たまに口にする言葉は「分からない」だった。結局昨日洗濯したタオルは今日必ずしも必要ではなかったが、問題はそこではなく自分が忘れてしまったところにある。
何故忘れてしまったのだろう? 人間は何故忘れるのか。もちろん、忘れるということがどれだけ僕らを救っているかということは分かる。そうじゃなければ生きるということはあまりにもいたたまれないだろう。
母のタオル。