誕生日に思い出すこと

日付が変わり、僕は52歳になった。と書くといつもruseyarnさんから年が変わった時点で法的には52歳なのだ、とお叱りを受けるのだけれど、僕は7月19日の時点ではまだ生まれていなかったわけで、それに公的文書の類も誕生日までは51歳と書くのであくまでも今日から52歳になった、と言いたい。これで、ティム・オブライエンの「世界のすべての七月」で同窓会を開いて焼けぼっくいに火がついてしまう歳になり、ブライアン・オールディスの「グレイベアード」で子孫を作れなくなった人類の、地球上でもっとも若いカップルと同い年になった。この2年あまりで僕はドラスティックに老けたけれども、世間一般からいってまだ5・6歳は若く見えると思う。それに、まだ佐野元春よりも3歳若い。つまり、まだ多少の希望はあるはず。

some-kind-of-musicにも載せている、「誕生日に思い出すこと」を書いたのはちょうど10年くらい前、うつ病になったばかりで小説を書き殴っていた年で、当時付き合っていたケイに誕生日のプレゼントとして書いたのだった。曲が出来たのは僕の処女小説である「ホリデイズ」の後半を書いているころで、イメージとしては映画音楽みたいなものがあり、もし「ホリデイズ」を映像化した場合にどんな音楽がいいだろうか、などと考えて書いた。が、いつもの習いで、僕は曲を書くときは頭から順を追って書いていくのだが、Aメロまでは少々頭は使ったものの、サビはそこから自然派生的に出てきたものを少々安直かなと思いながら、ま、これでいいか、という具合で、全体的にはさほど苦労せずにごく自然に出来た。あの曲を聴くと、小説の取材で訪ねた小平の風景が思い出される。実を言うと、あの小説も、後半になるに連れて非常にセンチメンタルな気分で書いたのである。

それはともかく、今日はなんだか知らないけど一日中無茶苦茶疲れていた。体調が悪いのだろうか?

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