ご近所葬式デビュー、絶望

7時過ぎ起床。今日は午後1時半から、裏の家の葬儀に出席する。ので、午前中はBSで日本代表の試合の再放送を見ながらちんたらしていると、来客があった。父方の親戚の老婆である。老婆が帰ると、郵便局と銀行、それから町役場と回る。健康保険やら年金やらを支払う。昼食後、そろそろ葬式に出かける支度をしようかというときにまたも来客、今度は母の教え子だったという人だった。なるほど、家にいれば何かしら人が訪ねてくる可能性があるというわけだ。

父の葬儀以来の礼服に着替えて、ぎりぎりの時間に葬式へ。受付には父の葬儀でも受付をやってくれた向かいの人と斜め向かいの人の2人が。会場は父の葬儀会場と同じだが、檀上は質素でつつましく、少々寂しいくらいだった。94歳の大往生ともなると、逆にこういう風になるのだろうか。式は小一時間で終わった。とにもかくにも、最低限の付き合いというか義理は果たしたのだが、何かをやり遂げたとか言うほど大袈裟なものではもちろんない。逆に、たかがこれだけのことをあれほど嫌がっていた自分の方がどうかしているのだと思う。帰宅後、着替えて業務へ。で、思ったのは、僕が嫌だと感じるのはもしかしてネクタイを締めたり礼服を着たりすることなのではないだろうか、と。要するに僕はネクタイを締めるのが面倒なだけなのではないか、と思った。とすると、普通の会社勤めがダメってことになるではないか。まったくトホホな話だ。考えてみると何しろもうかれこれ8年ぐらい遊んで暮らしてきたので、そのツケが回ってきているのだろう。で、ここに至って僕は、また業務で食っていけないだろうか、などと考えている。時間が時間なので早めに切り上げ、夕飯を食べて茶の間のコタツに入るともう何をしたらよいのか分からなくなる。このところの習いで、夕方になると物凄い閉塞感に襲われる。八方塞がりな感じ。絶望感が強くてまたぞろ希死念慮が湧いてくる。結局のところ、業務をやっても楽しくないし、何の希望もない。コタツでPCに向かってネットをしても楽しくない。要するに、何をやっても楽しくないのだ。まったく救いがない。この、日々繰り返すどうにもならない手詰まり感から、一体どうやって抜け出せばいいのだろう。

結局、YouTubeでアニメ版の「るろうに剣心」の動画を見て夜が更ける。なんか時間を潰しているような気がしないでもない。こんな風に生きて。

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