自責と吉報と

涼しい日。9時ごろ起床。寝たのは1時半ごろなので、寝過ぎだ。そのせいだけではなく、昨夜からの自責の念が強過ぎて、朝から体調が悪い。強烈な脱力感、無力感。今日は終日自責の念と体調の悪さに悩まされた。考えてみると、この自責、自己否定の傾向は今に始まったことではなく、身体に来るようになってからか、少なくとも例の医者との一件があってからずっとだ。さぞかしこの日記の読者も減っていることだと思う。怖くてアクセス解析など見れない。

あまりに酷い状態だと、丸一日家にいて考え込むのはかえって地獄のようだと思い、猛烈にダルい身体で業務へ。なんていうか、家に帰りたくないという気持ちがどこかにあって、かなり気分が悪かったのだが、先月分の入院費の支払いなどもあるので帰りがけに母の病院に寄った。

病棟に入って看護師に洗濯物を渡すと、また主治医から退院の話が出ているとのこと。これは3月にも同じ話を聞いたが、退院したら介護申請をするようにと言われた。母は今日辺りまったく普通の状態、むしろ僕の方が体調・精神状態悪いせいで、母がトイレに行っている間、テーブルに突っ伏してしまうような具合。とにかく気持ち悪くてどうにもならなかった。なので、以前なら母が笑顔を見せただけで嬉しかったのに、どうも起こっていることに対しての現実感が薄い。どうやら自分の感情面もマイナスの方向に劣化しているようだ。

自分の今の体調があまりにも悪いので一抹の不安はあるけれど、週末の土日、母を自宅に一泊させることにした。何故僕は素直に喜べないのだろうか。

帰宅して、ソファで気絶、目が覚めると3時間経過していた。相変わらず手は痺れるし全身に乳酸が溜まっているような酷い状態が起きてからもずっと続くし、頭の中はネガティブ、何か前向きなことを出来る気配はまったくない。元気なんてこれっぽっちもない。音楽も聴けない。

Hからメールがあって、昨夜泣いたのは僕のせいではなくて調子が悪かったせいだということだったが、自己否定の権化みたいになっている今の僕にはなかなか素直に受け止められず、僕が甘えていた、しばらくこちからは電話しないようにする、という返信を送ったらHの方から電話があり、しばらく話した。なるほど、どうやら僕の考え過ぎであったようだけれど、それでも一向に元気は出ないし、母の件を弟に電話する気にもなれなかった。これを書いている今でもまだ身体は異常にダルい。

ああそういえばまだ今日はレキソタンを飲んでいなかった。今飲もう。それにしても手に力が入らないな。ビル・エヴァンスを聴いてもストレスに感じるということは、いかに今の精神状態が酷いかということだ。余裕というものがまったくない。SNSの類もストレス。こういうときは、ありとあらゆることがストレスになるのでお手上げだ。まだ医者に行く気にもなれないし、免許の更新に行く気力もないし、どうやって気分を立て直したらいいのか、さっぱり分からない。いわば、一人四面楚歌みたいな感じ。

今日の煙草は16本。昨日の煙草も16本。土日晴れたら母とドライブにでも行こうかと思ったが、今天気予報を見ると雨か。


タモリ論 (新潮新書)

これ注文しよう。この町の本屋は当てにならないので。


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