日記を書くモチベーションが異様に低いのは、やはり日本がコートジボワールに負けてしまったからだろうか。
1時ごろに寝たような気が。結局ルネスタとロヒプノールの両方を飲んでしまったが、8時に起きて今朝は何故か頭痛はしなかった。
そんなわけでW杯、日本×コートジボワール、1-2。敗因については既にいろんなメディアに書かれているからいまさらという感じがしないでもない。この試合はとにかく、監督や選手が異口同音に試合後に言っているように日本らしいサッカーが出来なかったという一言に尽きる。それが出来た上で負けたのなら相手が強かったと納得出来る。ことのほか悔しくて脱力したのは何も負けたという結果ばかりではなくて、この、日本らしい攻撃・パスサッカーが見れなかったことだ。原因はいろいろあるだろうが、簡単に言ってしまえば日本の誇る2列目の3人の出来が悪かった。ディフェンス陣はそんなに悪くなかった。後半の2失点はいつも通り。むしろ内田とかは予想外によかったくらいだ。今日の先発は長谷部以外は予想通り、GK川島、DFは内田、森重、吉田、長友、ボランチに長谷部と山口、2列目は香川、本田、岡崎、1トップに大迫。長谷部の状態さえよければ現時点で先発のベストメンバーだ。後半から遠藤、大久保、柿谷投入というのも予想通り。しかし何故今日に限って(と敢えて言おう)前線からの守備が出来なかったのか。ボールを持ってからの攻撃が繋がらなかったのはパスミスが多過ぎ、運動量・連携ともに欠いていたこと。先制したのがかえって仇になった(意識が守りに入った)という論調もあるが、かといって意図的に先制された方がいいわけではないだろう。今の日本のスタイルは2点取られたら3点取るというスタイルのはずである。それは終盤に見られたパワープレイではないはずだ。とにかく攻め切る、攻め続けることが生命線だったはず。
正直なところ、なかなか僕自身切り替えが出来なかった。脱力して。しかし一番悔しいのは選手たちだろうから、とにかく次の試合から本来の日本のサッカーを見せて欲しい。確かに苦しい。グループリーグ突破には残り2つ勝たねばならないだろう。ギリシャがコートジボワール相手に引き分けてくれたら別だが。開幕前の5連勝というのはどこかドイツ大会を想起させるものがあって嫌な感じはしていたが、あのときと今では選手も監督も違う。悔いの残らないような試合をして欲しい。しかし、今日の香川は酷い出来だったな。岡崎もいつもの岡崎じゃなかった。
ホントに気持ちを切り替えるのに今日は時間がかかった。昨日に引き続きまた山にでも行って気分転換でもしようかと思ったが、思い直しておもむろにトイレの床を掃除して、それからずっと懸案だった、ボロボロになった縁側のカーペットを剥がして掃除した。それからは延々とhuluで「ツイン・ピークス」を見ていた。
4時半ごろに母のところに行くと、記帳したものを見るとどうやら午前中に仙台から弟が来たらしい。今日行くかもしれないというのは聞いていたが、うちに寄らなくてもいいから来るなら電話だけくれと言っておいたのに電話一本なかった。それがまた僕を憂鬱にする。悪い方、悪い方に考える。兄弟とはなんなんのか、とか、そんなことまで考える。
数日前から気になっているのだがときどき胸の心臓の辺りに痛みを覚える。それも気になっている。もしかしたら4年後のW杯を見れないんじゃないだろうかとかそんなことを考える。「ツイン・ピークス」を見ていて夜の8時過ぎに急に眠くなり、ソファで横になるが脳裏を「死」というものが横切る。火葬場から出てきた父の骨を思い出す。
こんな風に、「たかがサッカー」で負けたことから始まってどんどん思考が悪い方に傾いていった。今の僕が恐らくやるべきことは腹筋、腕立て、散歩もしくはジョギング、ギターの練習、こんなところだと思う。一度にやろうとしてもダメなので、ひとまず指が強張ってしょうがないので久しぶりにギターをちょこっとだけ弾いてみた。すると、B♭maj9thを押さえるのに苦労して唖然。指が動かない云々以前に握力が落ちている。
「ツイン・ピークス」はまだまだ果てしなく続く。恐らく日本代表の選手は僕よりも遥かにちゃんと切り替えが効くだろう。そして、僕が思っている以上に僕の人生というものもだらだらと続くのだろう。
書斎の天井の蛍光灯が1本、さっきからちらちらと点滅を繰り返している。明日取り換えよう。正直なところ、明日からまた相場に頭を切り替えられるかどうか今は不安だけれど、何事に関しても切り替えというものは必要なのだ。前述のようにこのところ体調そのものがあまりよろしくないというのも精神面での不安定さに繋がっていると思う。ちょうど今、プラセボ効果について読んでいるところだし、気分を切り替えてリフトアップすれば体調も違ってくるだろう。ここ3日ばかり減っていた煙草の本数も今日はちょっと増えた。煙草を吸いたくなるのはストレスを感じたときとストレスから解放されたときである。いずれにしてもストレスだ。
まずは今日の敗北の呪縛から己を解き放つことから。負けても元気に渋谷の交差点とかで騒げる人がうらやましい。