日曜日。快晴。
真面目な話、このところ何時に寝たのか覚えていない。記憶喪失。今朝は二度寝三度寝して9時過ぎに起きた。朝食後宅配便が届き、開けてみると先日注文したナイトガウンだった。注文して5日経っても音沙汰がないので電話したところすぐにメールが来て1日で届いた。つまりこの店は僕の注文を忘れていた、あるいは見落としていたわけである。それでネイビーの無地を注文したのだが届いたのはブルーのストライプ柄だった。僕が間違えたのかと思って注文時のメールを確認したところ、確かに僕自身は無地を注文していた。店側のミスだ。しかしいくら送料向こう持ちとは言っても送り返すのも面倒だし、改めて見るとストライプ柄もそれほど悪くないように見える。どうしようかなあとずっと迷っていて、結局夜になってこれでもいいかと思った。僕は実家に戻るまでずっと、20年ぐらい前にレコード会社にもらった(したがって物はいい)ネイビーの無地のナイトガウンを着ていた(それはポケットが破けてしまったので引っ越しのときに捨ててしまった)ので、今回も同じ無地にするとストライプ柄のナイトガウンを着ることは一生なかったかもしれない。つまりこれはある種運命的な出会いかも、と少々大袈裟に考えて。そんなわけで風呂上りの今着ているのだが実際悪くない。3000円でお釣りが来る安物だけど暖かい。これならいい買い物をしたと言えるかも。
昨日の日記にも書いたように、毎日寒いと言っては午前中寝てしまっているので今日はそれを避けたい。だからどこかに出かけようと思う。かといって以前のように山の方にドライブする気力はなんとなく湧かない。気が進まない。結局業務に行った。ある意味想像力の欠如である。ときおり外に出て一服すると雲一つない青空、素晴らしい天気だ。ああこういう日は月山湖にでも行けばよかったなあとふと思うものの、行ってどうするというところが思い浮かばない。業務自体も元々やる気があるわけじゃなし、煙草銭を稼いで1時過ぎには帰る。
というように昼寝をしなかったという以外はほぼ何もしていないのは相変わらずなのだが、昨夜から昔自分が書いた小説をぽつぽつと読み直している。僕が小説をまとめて書いたのは一年間だけで、もう14・5年も前だ。まずは短編の「夕立」「リッスン」と読み返してみたのだが、内容はともかく自分を投影している主人公の「僕」が唖然とするほど煙草ばかり吸っている。それこそひっきりなしで、これはいくらなんでも吸い過ぎだ。特に「リッスン」の方は顕著。小説としての出来はそれほど悪いとは思わないので直そうかなあと思う。
その流れで今日の午後は長編(というか中編というか)の「幽霊譚」を読み直した。なんていうか、自分の書いた文章というのは自分のツボであるために一気に読める。その辺を差し引いても実に巧妙にというか、上手く出来ているなあと我ながら思った。もちろん書き切れてない部分はあるのだが、プロットを組み立てて書いたわけではなく、ネタに悩んで単に幽霊がある日訪ねてきて恋に落ちるというありきたりなテーマで書こうと書き始めたわりにはある程度ストーリーを構築出来ている。小説を書き始めたばかりのころの文章だが、今よりもずっとまともな文章を書いているのが意外だった。というか、最近の僕の文章はあまりにも酷いと改めて思う。当時はまだ用賀に住んでいたころだが、小説中に出てくる、母が内容を「米」と記して段ボールでいろんな食品を宅配便で送ってくれたことを思い出し、胸が詰まる思いがした。真面目な話、ちょっと泣きそうになった。今の母を思うとホントに胸が詰まる。あのころは母は元気だった。ユーミンの歌じゃないけれど、あの日に帰りたいと切実に思った。
で、この3編を読み返してみて、「僕」という一人称もそうなのだが(少々「僕」が多過ぎるきらいもある)確かに「やれやれ」もたびたび出てきていかに当時の僕が初期の村上春樹に多大な影響を受けていたかが分かる。これでは村上春樹のパスティーシュ(模倣)と言われても仕方ないかなと。しかし手前味噌だがその辺の風味を除けば案外とちゃんと書けている。某新人賞に応募した「幽霊譚」はなんで予選通過止まりだったのだろうかと思う。違う賞に出したら最終選考まで残ったんじゃないかなというのは持ち上げ過ぎか。
とかくツイッターとかやっていても思うのだが、年を取って自分が物凄く頭が悪くなったというか馬鹿になった気がする。10年ぐらい前と比べても頭の回転が極端に落ちている気がする。改めて昔の自分の書いた文章を読むと自分で言うのもなんだが文章巧いなあとか思ってしまう。この文章力を維持できるのであればもう一度ちゃんと小説を書いてみたいとか思う。処女作の「ホリデイズ」とかずっと直したいという気持ちはあるし。しかしとにかく今の僕は自分でも驚くぐらいに頭が悪いし文章力というか日本語力がない。毎日書いているこの寝る前の日記でも、アップする前に読み直すと「てにをは」を間違えたり同じ単語を繰り返して使ったり、とにかく日本語として酷いとしか言い様がない。どうして自分がここまで劣化してしまったのかよく分からないが、一番大きいのは集中力の欠如とイマジネーションの劣化だと思う。単に歳のせいとかにしたくなるが、劣化しない人は80歳を過ぎても劣化しないのだからあまり言い訳にはならない。とにかく、精神状態を修復して集中力を取り戻すことがある程度できたら、また小説を書いてみたい。
「幽霊譚」に話を戻すと、この時点で既に自分の死というものに向き合ってそれをある程度書ききっている(というと大袈裟だが)ことに少々驚いたし、ちょっとした救いのようにも思えた。当時の僕はそれをネガティブなものとして捉えていない。これはちょっとした発見であったし、ある意味新鮮だった。
なんだか自画自賛みたいになってきたのでこの話はこの辺にしておこう。母の「米」と書かれた宅配便を思い出したせいで、夕方母のところに行ってすっかりセンチメンタルになってしまったがそれは僕の話であって、母自身は相変わらずどうしたらいいのかわからないとしきりにこぼすものの、状態は落ち着いていて悪くない。
昨日の煙草も24本でやっぱり本数が増える傾向にある。夜になって口の中が荒れてきたし、もう少し減らしたいところ。どうやら台風がこの辺に来るのは明日ではなくて明後日のようだ。