置いてきぼり、紀の国屋バンド

1月11日、日曜日。基本的には曇り、ときどき雪がちらつく。

置いてきぼり(置いてけぼり?)を食らう夢を二度見た。まず、就職出来ないという夢を見て8時半に目が覚めた。いつもより若干早く起きたせいか朝食後も生あくびが絶えない。それになんか体調が悪く、風邪でもひいたのかと思った。そういえば筋肉痛にはならなかった。これは予想外。午前中はずうっとダルくてあくびばかりしていた。蕎麦を茹でて昼食後、結局コタツで昼寝することに。すると母にどうやっても会えないという夢を見た。朝見た夢も昼見た夢も、どちらも置いてきぼりを食らって取り残されるという夢だ。実際に僕は大学を卒業するときに就職活動に取り残されたし、最後に勤めた会社を退職後に再就職しようとしてかなわなかったし、今現在母に面会出来ないし、そういった意味では2つの夢どちらも現実に沿った夢ではあった。いろんな意味で、僕は「現実に」取り残されつつある。

今日は注文していた紀の国屋バンドのアルバム、「STREET SENSATION」が届いた。PCにインポートして久しぶりに通して聴くと物凄く懐かしい。そこには70年代の終わり、ちょうど学生だったころの空気があって、ちょっと息苦しくなるほど切なくなるような感じがする。それはたぶん、青春というものがあまりにも遥か遠い昔になってしまったからだと思う。それに、まるで自分がやっていたバンドであったかのような錯覚を覚えてしまうのだった。それぐらい自分と緊密なものを覚える。まるでこの音の中にあのころの自分がいるとでもいうような。2曲目の「グッドバイ・アゲイン」が好きだ。

”気の抜けたビールを一口飲んで あなたの寝顔をもう一度確かめる”

まあ僕はビールが飲めないんだけど。いずれにしても、あのころの自分はこんな風だったなあという気がする。学生時代に住んでいた高円寺のボロいアパート、湘南の友人たちと徘徊した夜の青山。薄暗いアパートの廊下に座り込んで、共用の電話でレミと長電話したこと。ヨウタロウの母校である鎌倉高校の文化祭に出たこと。何もかもが輝いて、まだ何もかもが惨めだなんて思わなかった。学生時代特有の安っぽいセンチメンタリズムさえどこか甘いものに思えていた。僕にはまだ夢も希望もあった。ギターのカッティングひとつにも希望があった。そんな時代が聞こえてくる。

アナログでいうB面はライブになっている。

これ以外でも大貫妙子のカバー「A.M.4:00」、サム・クックのカバー「ユー・センド・ミー」、おおたか静流がまだ大高静子だったころの曲「Hangin’ Around」、どの曲にも思い入れがあり、そのどれもがまだ二十歳だったころの自分を、あの時代を投影しているように思えるのだった。本当に、ただ自分が若かったというだけではなくて、今思うと胸が詰まるようないい時代だったなと思う。僕はいつも何かを夢見て、いつも恋をしていた。まだバブルの喧騒も、携帯もスマホもインターネットも、巨大地震も原発事故もなかった。あのころの日本はとてもいい国だったのだ、まだ。僕も父も母も弟も友人たちも、みんな若かった。僕らにはまだ未来があり、そこで呼吸していた。

ときどき、どうしてこうなっちまったんだろうと思うよ。

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午後は昨日の続きでガレージの雪下ろしをした。小一時間、正確には50分。昨日の日記には6・70cmと書いたけれど、今日改めて見るとどうやら7・80cmは積もっているようだった。少しは慣れて、昨日よりは多少要領はよくなったと思うのだけれど、何しろ雪が多くてまだ半分にも満たない。だが体力的にはこれぐらいが一杯一杯。へとへとだ。

夕方、飲み物が切れたのでスーパーに買い物に行こうとしたら車のエンジンがかからない。唖然。確かにここのところエンジンのかかりは悪かったが、どうやらバッテリーが上がったようだ。反射的にまずJAFに電話してみた。車のトラブル=JAFみたいな意識があって。ところがやたらと高い。工賃だけで1万2千いくら、プラスバッテリー代ということだった。そこで一旦ペンディングにして電話を切り、ディーラーに電話してみたところ、バッテリー代の6980円だけでよく、交換に来てくれるという。最初からディーラーに電話すればよかった。何しろ田舎に帰るまで中古の車しか乗ったことがなく、ディーラーとは縁がなかったので慣れがない。40分ほどで隣町からディーラーの営業がやってきてバッテリーを交換してくれて、無事エンジンがかかるようになった。やれやれ。

夕食後はBSでアジア杯のイラン×バーレーンを見る。バーレーンはボールコントロールが甘く、かつて日本を苦しめた姿はなかった。14番の選手はいい選手だったけど。イランも結果的には2-0で勝ったけれど、優勝候補と言われるほどの強さは感じなかった。これならオーストラリアの方がいいチームだと思う。とにかく中東のチームはすぐ大袈裟に倒れるのでサッカーとしては退屈なサッカーだ。韓国の人がイランのサッカーをベッドサッカーと揶揄するのも分かる気がする。

サッカーを見た後、ようやく直った車でスーパーに買い出しに出かける。帰宅後はなんとなくテレビを見て(これはこれで珍しいことだけれど)夜が更ける。昼間の雪下ろしがじわじわと効いてきて、疲れて本を読む気にもなかなかなれなかった。ここ数日は映画を見るという頭にもならない。

ふと来週の土曜日のことを思い出し、ギターの練習をせねばと思うのだがどうにも面倒に思えて明日でいいかと。考えれば考えるほど、超初心者でしかも知的障害のある人にギターを教えるのは途轍もなく面倒なことに思えてくる。ちと途方に暮れる。着地点がまったく見えて来ない。音楽理論抜きでギターを教えるというのは物凄く大変なのでは、と心配になってくる。考えると憂鬱になってくるので、土曜日まで考えないことにしよう。


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