オールド・テロリスト

10月15日、木曜日。

冷え性のせいか、寒くて特に足が冷えてしょうがないのだけれど、かといって暖房を入れると暑いというジレンマ。

朝方、何時か分からないが布団の中で寒くて目が覚め、気がつくとまた頭ががんがんに痛かった。二度寝して結局9時半過ぎに起きたのだがまだ頭痛の残滓は残っていた。最近のこの朝の頭痛、寝過ぎとか寝不足とかかなと思っていたが、今朝方の雰囲気では寒くて頭痛がしているような気がする。まあそんなことを言い始めたら、氷点下になる冬はずっと頭痛がすることになってしまうが。どうにも最近の自分の体調の加減がよく分からない。基本的に精神由来で自律神経系がいかれてるっぽい(前述の冷え性とかもそうだと思う)。

午前中から取った相場のポジションが夕方近くに功を奏し、ドル円がどどっと下がって一瞬予想外に利益が出て慌ててしまった。ところがユーロドルの方が逆にストップを食らってしまいいらぬドタバタをする。人間損失を食らったときだけではなく利益が出たときにもパニックになるとは聞いていたが、今日辺りはまさにそんな感じ。結局凡庸な利益しか出せず、改めて利食いや立ち回りが下手だなと痛感。メンタルが弱いと言ってしまえばそれまでだが、相場を始めてもう2年近く経つというのにいまだに慣れていない。どうしても急な展開や想定外の事態に慌ててしまう。まあ人間というのは本来そういうものなのかもしれないが。つまり、慌てたりパニクったりするのは当然なのだと考えるしかなく、そういう意味では凡庸であってもプラスになっただけよしとしなければならないのだろう。どうも利食いが上手く行かなかったり待ちきれなかったりすると千載一遇のチャンスを逃したような気分になってしまい、要するにそういうチャンスは今日だけしかないというわけではなく、今日という一日は単なるワン・オブ・ゼムに過ぎないということがなかなか飲み込めない。センチメントとして。

ともあれ、一旦相場のポジションを全部手仕舞いしてから富山ブラックカレーの夕飯を食べて母のところに行ってみると、看護師曰く母が足が痛いとか痺れるとか言っているらしいと。母は一昨年から左足に静脈血栓が出来ていて弾性ストッキングを穿かないと足が物凄くむくむ。看護師の話を聞いて凄く心配になったが、母に直接話を聞いてみると激痛とか我慢できないほどではなさそうだった。ただ寝ていても左足が痛くなるということで少し心配。

そんなわけで村上龍「オールド・テロリスト」読了。手帳を見たら明日が図書館への返却日だというので、夜になって少々焦って読んだ。

村上龍を読むのは「半島を出よ」以来だ。で、その「オールド・テロリスト」、なんていうかつまらないわけでも面白くないわけでもないのだが、どうも気持ちよくない。自分でも読み終わった後の読後感がよく分からなくて戸惑う。というのも、「半島~」には溜飲を下げる明確な構図があったのだが、「オールド~」にはそれがなかった。老人たちが反旗を翻してテロを起こすという発想自体がつまらないわけではないのだが、その老人たちの怒りにリアリティがない。一方でフリーライターである中年男の主人公の弱さがあまりにも常軌を逸していてこれまたリアリティがない。老人たちをスーパーマンとして描きたい気持ちも分かるしその対比として主人公の弱さを強調したい気持ちも分からないわけではないが、やり過ぎだった。何かというと安定剤を「噛み砕く」し(これはうつ病の僕からしてみればただ「飲む」だけでよさそうなものだと思った)、やたらと泣くわ小便は漏らすわゲロを吐くわ、いくらなんでもここまで弱くて精神的に不安定になるというのは読んでいて鼻白む。そんなわけでどちらにもリアリティがないものだから、シンパシーを抱ける登場人物がおらず感情移入できる人物が見つからない。その辺が気持ちよく終われない構造をもたらしてしまったようだ。老人と相対する側にもスーパーマンを用意(それっぽい人物が登場するので途中期待するのだが)すればもっと話としていくらでも面白くできたような気はするのだが、結局最後まで読んでも読み手である自分の気持ちを落とし込む場所が見つからないような気がした。凄く荒唐無稽なのにすっきりしない。いろんな意味でやり過ぎているのに。まあある意味素直に感情移入できない人物ばかりというのは村上龍らしいといえばそうなのだが。結局のところ、読者を不快にさせる手際というか、そういうところばかりが目についてしまった。

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