早起き、卒業アルバム

11月24日、火曜日。

アラームをかけて7時半起床。久々にゴミを出す。物凄く眠くなるかと思ったがそうでもない。と思っていたのだが、結局10時ごろから眠くなり昼までコタツでうとうとしてしまった。

午後1時にディーラーに行ってスタッドレスの新品に交換。帰宅後、ニシダから電話があって漬物を持ってくるという。なんだかんだあれからニシダからは毎日電話がある。ちょっとめんどくさいなあとは思うものの。

ニシダは中学のときの卒業アルバムを持ってきた。すると、名前も顔も忘れていた同級生たちを何十年振りかで思い出す。人間不思議なもので、すっかり忘れていたと思っていたのに写真を見ると次から次へと思い出すのである。つまり、誰かを完璧に忘れることなどそうそうないのだ。記憶の断片は残っている。それをどうやって引っ張り出すかだけだ。そして、それらは大概の場合映像として記憶されている。

写真の中には中学生の僕がいた。中学のときに好きだった子も、高校に入ってから付き合った子もいる。特に女の子の場合、後になって随分とイメージが変わった子も多い。つまり、大概の女子の場合は大人になってからびっくりするほど綺麗になっていたりする。逆に男子の場合は写真で見る中学時代は随分とすっきりしていて初々しいが、今となってはすっかりただのおっさんになっている(自分を含む)。こうしてみると、中学生のときの印象というのは(それほど)当てにならないとも言える。

今日の相場は失敗。日中に利食いしておくべきだった。結局夜中になってから損切り。その後少しだけ取り戻したものの、久しぶりに一敗を喫する。今日のところは判断がよろしくなかった。と、今チャートを見ると大失敗。我慢していればよかっただけの話。

午前中2時間近く昼寝したものの、結果的には早起きした分煙草の本数が増えてしまった。

今もう一度改めて卒業写真を見てみたのだが、爽やかな美少年として写っている自分(←自分で言うな)も含めて、卒業写真というのはなんかちょっと痛い。もう亡くなってしまった人も何人かいるし。じっと見ているとなんだか息苦しくなる。それはただの感傷というだけではなくて。そこにはもう僕らが失ってしまったものがあるから。

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