ことの顛末

8月28日、日曜日。

朝9時過ぎに目が覚めて起きようとしたのだが、どういうわけか次の瞬間に10時過ぎになっていた。

朝食後、玄関の鍵を開けようとしたら、玄関の三和土にコウモリの死体があった。ツイッターではコウモリの死体写真をアップしたのだけれど、ただでさえ少ないこの日記の読者がこれ以上減らないようにここではアップしない。いずれにせよ、事実はそういうことだ。ここから推察するに、要するにコウモリは最初に現れた晩(11日)から二週間ほど家の中に潜伏し、先日の朝一階を飛び回った。そしてまた家の中のどこかに身を潜めていて、恐らく食べるものがなくて餓死した。たぶんこういうことだろうとは思う。しかし、事実としてあるのは11日の夜に突然現れて台所を飛び回って姿を消し、二週間後の25日の朝一階を飛び回ってまた姿を消し、それから3日後である今朝死体となって再び現れた、ということだけだ。姿を見せなかった間、家の中のどこでじっと身を潜めていたのか、何故まったく気配すら感じなかったのか、そこら辺は謎のままだ。単に僕が鈍感なだけかもしれないし、もしかしたらコウモリは二階のどこか(二階には最近ほとんど行かないので)にいたのかもしれない。餓死したと推測したものの、考えてみると雪に埋もれる冬の間は3ヶ月ぐらい食べるものがないはずだからあまり説得力がない。わざわざ発見しやすい玄関で死んでいたというのはどういうことなのだろうか。結局のところ、今回のコウモリ事件が奇妙奇天烈なことには変わりはない。

今日は夏が戻ってきた感じがしたが、実際にはそれほど暑いというわけではなく、窓を開けていてTシャツでちょうどいいという感じだった。一年中こんな感じなら過ごしやすくていいのだが。

というような本日の日中は出かけずに書斎のソファで「あずみ」を読んでいた。1巻目を読んでいると以前最初に読んだときのようには全然「来ない」気がして、漫画を読むこと自体が久しぶりだから漫画というメディアにもう感情移入出来なくなったのかな、とか思った。というのも、巧緻なCGによるリアルな実写にすっかり慣れてしまっている気がするから。しかしながら本日は7巻まで読んだのだが、次第に漫画というものに慣れてきたのか、気がつくとようやく入り込むことが出来ていた。

そんな感じで午後漫画を読んでいると、外から祭りの喧騒が聞こえてくる。地元の祭りは来月だから一体どこから聞こえてくるのだろうと思った。すると、町内の叔母(父の姉)から携帯に電話があり、今日はお祭りだから赤飯を届けるということだった。そんなわけで少ししていとこが赤飯を届けてくれた。しかし叔母の住んでいる地域は同じ町内とはいえ離れているので、その祭りの音が聞こえるはずはないのだが。

結局今日から抗うつ薬を朝夕1錠ずつから朝夕2錠ずつに戻した。このところずっと精神的に低空飛行なので。

夕飯は赤飯を食べた。夜はドラマ「そして、誰もいなくなった」。正直トンデモな話なのだがここまで見続けるとしょうがなくて見ている。意外性だけで話を作るとこうなる、という(ひどい)例だと思うのだが。

その後はダ・ゾーンで原口先発のヘルタ・ベルリンの試合を後半から。

そんな感じで今日は休日らしい過ごし方というか、ただ漫画を読んでいるだけで何もしないで一日が終わった感じ。

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