傷心

11月21日、月曜日。

今日は相場に振り回されて損切りの上にストップを切らされて、挙句夕方から目をつむって持っていたポジションを利食い失敗して意気消沈。で、結果的には今のチャートを見るとそのままポジションを持っていればよかったということがさらに傷心に追い打ちをかける。実際のところ、夕方ストップがついたところで大負けは確定していたのだけれど、何故かその時点ではそれほどショックを覚えず気を取り直してポジションを取り直したぐらいなのだが、その後の動きにすっかり惑わされてしまった。

このところ母も口数が少なく、たまに口を開くと若干被害妄想傾向にあってあまりよいことを言わないのも気が滅入る要因でじわじわと来ている。ツイッターでフォローしている人が同じようにお母さんが施設に入って介護を受けていて、同じように物事をすぐ忘れてしまうというのに、それをむしろお母さんが幸せだとポジティブに捉えていたのにちと衝撃を受ける。そういう見方もあったのかと。では何故僕はそういうポジティブな思考にならないのかと考えるに、毎日面会に行っているのが逆効果なのだろうかと最初考えた。だが今日また母に会いに行って、やっぱり違うと思った。前述の人のお母さんはたぶん笑顔を浮かべて幸せそうな表情をしていたのだと思う。母はとても幸せそうに見えない。最近は僕にほとんど笑顔を見せない。むしろ職員が夜の薬を持ってきたときの方が柔和な表情になったり。その辺も僕を悩ませる。一体どういう風に考えてどういう風に対処すべきなのか、次第に分からなくなってくる。結局、人は人、自分は自分と思わなければならないのだろう。世の中の特養とかの施設に入っている老人が皆幸せとはとても考えにくい。ただ、母以外の入所者を見ると、あまり不幸そうには見えない。つまり、うちの母だけがネガティブに見えてしょうがない。たぶんそれは統合失調症による被害妄想傾向によるものがかなりあるのだろうけれど、今日辺り、母も自分で「これも被害妄想か」と口にしていたぐらいだからどうしようもない。いずれにせよ、僕に出来ることは本当に限られている。もしかしたら、なんとかして母を幸せにしたいと考えること自体が無理があるのかもしれないと思えてくる。

昨夜寝たのが4時だったわりには朝はなんとか9時半に起きられた。昼近くにちょっと昼寝はしたけれど。で、相場のストレスからこれは煙草が増えそうということで、例によってツイッターで「本日のルール。今日は何本吸ってもオーケー。30本でもオーケー」という言い訳宣言を夕方にしたのだが、今さっき25本目の煙草を吸って、これは本当に30本に到達してしまうかもしれないとびびった。実家に戻ってからの一日の最高記録は先日更新した27本。まあいつかは更新してしまうのかもしれないけど、今日は超えたくない。とすると早寝するしかないか。

今現在のチャートを見るとドル円乱高下、これはついていけなくても無理ないかも。

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