新宿、ダークサイド

11月12日、日曜日。

さくらんぼ東根(シュールな駅名だ)13時47分発の新幹線に乗る。何しろ久しぶりの新幹線、問題は煙草を吸わずに2時間半という時間を耐えられるかなのだが、列車が動き始めるとあとはもう耐えるしかない。せめて隣の席が空いていればいいのだが……と思うものの途中からおばさんが座った。煙草よりも狭苦しい席での対人ストレスの方が厄介だ。持ってきた本を置いたものの、ふと思いついてWiFIがなくてもiPhoneでKindleの本は読めるのかな?と思って開いたらダウンロードしてあるものは読める(当然)。そんなわけで無料だったのでなんとなくダウンロードしていた漫画「カイジ」の1巻を読み終わると、道中の半分ぐらいの時間が過ぎた。これはラッキー。あとは寝ようかと目をつむる。意外なことに僕を途中から悩ませたのは尻の痛みだった。一体全体、これは新幹線の椅子が問題なのか、それとも自分の薄っぺらい尻の問題なのか。ともかく、尻が痛くてなかなか寝付けない。と思っていると宇都宮を過ぎた。16時22分大宮着。なんだかんだ、途中の景色はほとんど見なかった。僕の記憶の中の大宮はとにかく空気が悪くて臭いというイメージなのだが、今日はそれほど気にならなかった。

大宮から埼京線に乗り換えてホテルのある赤羽まで。ドア脇にもたれて窓外に流れる景色を見る。考えてみれば電車に乗ること自体が2013年の1月以来なのだが、久しぶりに見る都会の景色は何故かちっとも懐かしくなかった。久々という感じがせず、まったくもって見慣れた景色に思えた。途中、武蔵浦和を通過したときに、ロッテの球場が見えて「ジャパン」というディスカウントショップが見えてようやく、ああ結婚していたころはあそこに住んでいたんだという思いが湧く。ジャパンなんて存在そのものを忘れていた。結婚していたころは毎晩ロッテの工場の周りを散歩して、途中の入り口の階段に腰を下ろしてI泉さんと長電話をしたものだった。

赤羽に着いたはいいが、ホテルがどこか分からない。赤羽の駅前自体が僕の記憶にあるものよりもちょっと新しくなった分洗練されていてどっちがどっちか分からない。確か駅からすぐということだったが。スタバで珈琲を買ってから、結局駅前の交番で道を訊いた。ホテルに辿り着くと、確かに南口で降りればすぐという場所だった。で、どっちかっていうといかがわしい側にあった。

ホテルの部屋は思ったよりも狭かった。考えてみればホテルというものに泊まるのは最後に仕事でアメリカに行って以来だから10年振りぐらいかもしれない。狭い机に持ってきたノートパソコンを開いてLANケーブルを繋げて立ち上げる。スタバの珈琲を飲みながら煙草を一服してヨウタロウに電話した。

ヨウタロウは車じゃなく電車で来るというので、渋谷ではなく新宿の東口の交番前で待ち合わせることに。これまた物凄く久しぶりにヤフーの路線検索で調べると新宿までは埼京線で15分だった。

6時過ぎに新宿駅に到着、久しぶりに混みあうホームを歩いて出口を目指す。これだけの人波も久しぶりなのだがやっぱり懐かしいという感じはしない。人でごった返す新宿東口交番の前でヨウタロウを待つ。

とにかく人、人、人。来るときに気になったのは、山形よりは寒くないだろうから、自分の格好だけがずれてるんじゃないかということだったが、いざ東京に着いてみるとむしろ僕よりも厚着の人の方が多い。もうダウンジャケットを着ている人も多い。

辺りを見渡すとアルタとかビックカメラとか昔と変わらないものが目につくが、風景のディテイルが違っていて違和感があり、ちょっとブレードランナーっぽい。交番前で待ち合わせているのは若者ばかり、あるいは何人か分からない外国人たち。ぼんやりと、こいつらもあと30年も経てば俺よりも見た目は老けてるはず、と思う。

10分ぐらい待ってヨウタロウの携帯に連絡を入れたい衝動に駆られたが、それはどこかおのぼりさんっぽい行為に思われてもう少し我慢して待つことにする。待っている間、不意に大学に入って初めてクラスでヨウタロウに会ったことを思い出す。まだ一緒にバンドを組む前のことを。

やがて現れたヨウタロウは案の定老けていて、そして以前よりも太っていた。考えてみればヨウタロウと会うのも前回バンドの練習をして以来なので7・8年振りなのだった。

ヨウタロウの案内で東口の駅前から南口方面に歩く。ライオン会館は初めて新宿に来たときと同じように同じ場所にあった。そこを右に曲がって、雑居ビルの狭いエレベーターで5階の無国籍料理を出す洋風居酒屋に入る。ヨウタロウの話によると今はとにかく日本人の店員がいないということで、確かに店員は皆何人か分からない(だが流暢な日本語を話す)人だった。

メシを食いながらヨウタロウと近況などを話すが、結局はやっぱり音楽業界、そして音楽そのものの話になる。で、久しぶりにアドレナリンが出ている自分もそうだが、ヨウタロウはとにかく語る。こういうところはまったく変わってない。で、気がつくと11時近く、4時間も話し込んでいた。正直、ここまで長く話し込むとは思っていなかったが、実に楽しかった。夢中で話した。これだけでも来た甲斐があった。5年に一度のイベントだから、と勘定は僕がカードで払った。駅の構内で京王線に乗るヨウタロウと別れる。

久しぶりに会ったヨウタロウは、先ほど交番前で不意に思い出したかつての美少年の面影はなく、てっぺんが少し薄くなって見た目は老け込んでいたが、話してみると昔とちっとも変わらなかった。まったくもって饒舌で何かを説明するのか大好きでどこか人懐っこい。背中合わせの若いカップルの男の子にもまったく屈託がなく自然に話しかける。そういうのはちょっとうらやましい。僕にはまだいろんなコンプレックスがあるから。

帰りの埼京線は空いていた。赤羽のダークサイドにあるホテルの周辺には、コンビニ以外では怪しげな店だけが煌々と看板が点いて、路地裏には客引きらしい怪しげなおっさんがいる。自動販売機でコーラを買って一度部屋に戻るも、すぐに思い直してホテルの前のセブンイレブンで寝酒用の果実酒とポテトチップスを買ってくる。

煙草を何本か吸って、シャワーを浴びてからこの日記を書く。防音がしっかりしているせいか、深夜の東京というかダークサイドの赤羽は思いの外静かだ。窓から下の道路を見ても人影はない。考えてみれば今日は日曜、日曜の深夜なのだから当たり前か。

というわけで、何の確固たる予定もなく行きあたりばったりに来た初日はあっという間に深更を迎え、そして僕は明日の予定というものをこの時間になってもまったく持ち合わせていない。武蔵浦和で会社帰りのジョンと会うことだけ。さて日中はどうするか。どこへ行くか。

そんなことはお構いなしにダークサイドの夜は更けていく。

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