アトミック・ボックス

9月29日、火曜日。

夜、風呂に入りながらいわゆるコロナ後の世界というものを考えた。この場合のコロナ後とは、コロナウイルスが終焉した後の世界なのか、それとも人類がコロナウイルスと共生する世界なのか。古い話で恐縮だが、いつの間にかソ連が崩壊したりベルリンの壁がなくなったり、世界はときおりある日を境に変貌する。3.11とかもそうだ。昨日病院の入り口で自分の顔の熱分布が液晶に表示されるサーモグラフィみたいな体温計を見たのも、今考えてみるとなんだか不思議な出来事だ。それが当たり前になってしまうのか、それともそういうことから解放されるのか。スポーツやライブコンサートの観客がぎっしり詰まった光景は果たして再びよみがえるのだろうか。

僕が不思議に思うのは、コロナウイルスの発生源である(と思われる)中国の感染者数が、いくら中国政府が虚偽申告しているにしても異常に少ないこと。そしてツイッター等のメディアを見てもそれに疑念を抱く人がほとんどいないということだ。これは一体どういうことだろう?

朝、エレピを弾く夢を見た。それは以前に見た夢の中でも弾いた曲で、あああの曲なんだなと夢の中で思い、セッティングをしながらDATとカセットに録音できる(そういう時代の夢なんだろう)と聞いてDATとカセットのテープを買いに出かけるところでライオンがガオーと吠える声で目が覚めた。8時だった。もちろん二度寝したがその後も10分おきにライオンがガオーと吠えて、しょうがないので8時半に起きた。てっきりスマホだと思い、プッシュ通知はオフにしてあるのになんでろうと思ったのだが、犯人はタブレットだった。昨日タブレットで相場のチャートを見ていたので、スリープ状態のまま通知をオフにしていないトレードツールがどうでもいい経済指標のタイミングを告げたのだった。もちろんオフにした。

午前中、ちょっとトレードした後に溜まりまくったごみをごみ処理場に持って行った。ついでに図書館に寄り、数年前に町が作ったうちの先祖(高山文五郎、彫刻家)の小冊子を1冊受け取り、見せて欲しいと言っていた寺の住職に持って行った。話をすると、どうやら文五郎の出身地である西川町の人が調べものをしているらしい。もう15年ぐらい前になるのか、かつて西川町のサイトにうちの父が文五郎について講演した音声ファイルがアップされていたのだが、いつの間にかリンク切れになって聴けなくなっているので、もしかしてその西川町の人がファイルを持っていないか訊いてもらうことにした。いずれにしろ、その人はうちに来て僕に話を聞きたいと言っているそうだが、残念ながら小冊子に書いてある以上のことは何も知らない。うちにあるのは専蔵(文五郎の長男で僕の曽祖父)が作った木の火鉢と、彫刻の下絵ぐらいだ。

今日は2時に精神科だが例によって直前に電話して何時に行ったらいいか訊ねると、2時半に来てくれということだった。で、2時半に行ったのだがなんとそれから1時間半以上待たされた。コロナの第一波のころはガラガラだったのに、いつの間にか混むようになっていた。

待たされたおかげで池澤夏樹「アトミック・ボックス」読了。

うちの弟が子供(つまり僕にとっては甥っ子になる)が小さいころはパパママと呼ばせていたのに、ある程度大きくなってからはおとうさん、おかあさんと呼ばせるようにしたのはなんとなく分からないでもない。何せ、還暦を過ぎてもいまだに僕はママと呼んでいるのだから。ところが他人事となるとなんだかこそばゆくて仕方がなく、なんか居心地の悪さがある。「アトミック・ボックス」、67歳の老人が書いたにしては面白かった。考えてみれば僕よりも年上のウエルベックの新作(「セロトニン」)が徹頭徹尾セックスのことで一杯の小説である(それでいて無暗に面白い)ということを考えると、いまさらながら20年前から抗うつ薬を服用して性欲がガタ落ちした自分が恨めしい。

明日の日記は恐らく休みになるであろうと思われ。

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凡庸

9月28日、月曜日。

結局のところ、選択を間違えたにしろ何にしろ、彼女とのことが一服ついたことで日常もそれなりに落ち着きを取り戻し、取り立てて書くこともあまりないような凡庸な一日となった。今日は4か月に一度の悪性リンパ腫の予後検査の日だったので昼前に県立中央病院に。血液検査の結果はいつも通り、貧血気味だけど数値的には異常なし。当たり前のようではあるがこれとてありがたいことと思わなければ。それ以外の日中はトレードも、稼ぎが少なかったので夕食後に追加トレードをしたらポジションが捕まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。なので延々と含み損を眺めているだけだったが、今ぎりぎり一日トータルプラスで終われるところまで来たので損切り。と言ってたら、そのまま持ってたらプラ転してたのか……。

明日は午後精神科。

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ライク・ア・ローリングストーン

9月27日、日曜日。

これまで何度も書いてきたように、自分は人生の岐路でことごとく選択を誤ってきた。しかしながらもう一度人生をやり直したとしても、やはり同じように間違えた選択をするのだと思う。何故なら、Human Leagueも歌っているようにそれが人間というものだから。Born to make mistakes.

そんなわけで期待に沿えなくてまことに申し訳ないが、あれほど断言したのに僕と彼女の関係は終わらなかった。いうなれば終わったのはシーズン2だった。案の定彼女は昼過ぎにうちにやってきた。そして僕は警察を呼ぶことができなかった。家には上げず玄関先で話をした。そして、もう辞めようと言った。念のために言っておくと、彼女は元の人格に戻っていた。つまり悪い方じゃない方の人格だ。僕は努力をした。努力をして、もううちには来るな、もう辞めようと言った。最終的に彼女も納得して帰って行った。だが僕は致命的な間違いを犯した。LINEは開けとくからと言ったのだ。今回が彼女と縁を切る最大のチャンスだった。警察を呼べばそれですべてが終わったのだ。だがそれができなかった。何故か。それは驚くべきことに僕の気持ちがまだ残っていたからだ。人間とはなんと愚かな生き物なんだろう。

5時からの試合で鹿島は大分に0-2で完敗した。最初から嫌な予感はしていた。試合中ずっと自分の頭の中で雑念が右往左往していた。試合が終わり、隣町のまるまつという和風ファミレスに夕食を摂りに行った。一人でまるまつに行くなんて初めてだが、試合中からそうしようと決めていた。おろしチキンカツ定食を食べていると彼女からLINEがあった。食事を終えるとまるまつの駐車場の車の中で彼女に電話をした。いうなれば反省会みたいなものだ。帰宅後、珈琲を淹れて同時に生豆を煎り始めた。すると煎っている途中でがくんと疲れが一気に押し寄せた。そして僕は抑うつ状態になった。豆を煎り終わったころに彼女から電話があった。予定では僕の方から電話する予定だった。僕は抑うつ状態で呂律がよく回らなかった。ぐだぐだな、センチメンタルな話になった。

ときどき、昨夜刑事に言われた「また同じことを繰り返すんでしょ」という言葉が浮かぶ。ああそうなんだ。人生は風に吹かれて転がる石のように転がっていくんだ。行く先なんて分からない。正解なんてどこにもない。

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ゲームオーバー

9月26日、土曜日。

また彼女が発狂した。すべてが終わった。僕と彼女の物語もすべて終わりだ。

朝、珍しくいい夢を見た。目が覚めると最悪の大団円が待っていた。それは既に始まっていたのだ。台所でいつものようにトーストの朝食を摂るがあまりにも気分が悪いので結局またベッドに入って寝込んだ。この時点では風邪をひいたのだと思っていた。10時半を過ぎても彼女からおはようのLINEは来なかった。とにかくあまりにも気持ちが悪かったので昼まで寝込んだのだが、その間、たぶん11時を回ったあたりから彼女から何回かLINEの電話がかかってきて起こされた。何故かすぐ切れてしまう。「もしもし」という声が聞こえたときに「風邪をひいた」と答えたのだがまたすぐに切れてしまう。その後は無言電話といわゆるワンギリ。こちらから2度ほど電話をかけても出ない。ただ単に具合が悪くて寝込んでいるだけなのに、なんでこんな嫌がらせを受けなければならないのか。寝てもすぐにワンギリで起こされてしまう。しょうがないので昼過ぎに起きてフルーツグラノーラの昼食を摂った。その際に熱を計ってみたら熱はなかった。なので単なる風邪気味なのかそれとも昨夜抑うつ状態が酷かったので心因性のものなのかもしれない。とにかく恐ろしく気持ち悪く、具合が悪かった。なので昼食後にまたベッドに入った。その際にLINEで「具合が悪いのでいたずら電話はやめて」とメッセージを送った。すると、それが発火点になったのかその後も意味不明な無言電話がランダムにかかってきて寝ていられない。ただでさえ異様に体調が悪いのでこれで精神的にすっかり参ってしまった。

そんなことを繰り返しているといつの間にかもう夕方になっていた。既に僕は精神的に追い詰められていて、一人でこの状況に耐えられるとは思えなかった。とにかく誰かと話したかった。なので、車で隣町の警察署に相談に行った。寒河江警察署に入るのは7年前に逮捕されて以来だ。受付でつきまといで相談したいという旨を伝えると、受付の前の椅子に座って待っているように言われた。嫌な気分だった。それ以前に僕はすっかり憔悴しきっていた。どれぐらい待ったのか、やがて外から戻ってきた刑事課の若い刑事二人がやってきて話を聞いてもらうことになった。

取調室もアクリル板で仕切ってあった。まず自分の免許証をコピーされたのでなんだか自分が悪いことをしたようで嫌な気分になった。自分がうつ病であること、彼女が境界性パーソナリティ障害であること、うつ病が身体に来て具合が悪くなること、今日体調が悪くて寝込んでいたら嫌がらせの電話を受け続けたのでそれをやめてくれるように言って欲しいことなどを話した。LINEのやり取りもブロックしたSMSも見せた。刑事はLINEの写真を何枚か撮っていた。もちろん、これまでの経緯を話した。彼女と会ってからのこの一年のことを。

「で、あなたはどうして欲しいんですか?」刑事の一人が訊ねるので前述のように嫌がらせを辞めてくれるように電話して欲しいと言った。すると、刑事はさらに「でもまだ付き合っているんですよね?」と問う。そこで僕は答えに詰まってしまった。するとさらに「別れたいんですか?」と訊かれ、今この瞬間はまだそうは思っていない、ただ嫌がらせを辞めて欲しいだけだと答えた。結局のところ、それではストーカーにならない。放っておくと彼女がうちにやってくるということも話したので、それじゃあうちに押しかけられたら110番してください、ということで終わった。要するに別れるということであれば警察が彼女に口頭で連絡を辞めるように伝えることはできるが、別れていない間はできないというのである。もっともだ。要するにこれではただの痴話喧嘩の域を出ていない。

夕暮れの警察署を後にして帰宅すると、彼女にLINEした。「寒河江警察署に行って相談してきた。話をする気があるのなら電話には出るけど、またワンギリとかいやがらせの電話だったらLINEもブロックする。」すると、「あんたとは縁をきる。二度と連絡しない。連絡してくるな。」という返事が返ってきた。要はこれでめでたく別れることになった。はずであった。

既に電話は着信拒否、Skypeもブロックしてあったのだが、LINEもブロックした。文面通りであれば彼女から連絡は来ないはず。ところがそんな風に行くはずはない。その後もブロックしたSMSの件数がスマホに表示される。それをタップするとメールを全部読まなくても冒頭の一行が表示されるのでどんな内容かは分かる。結局それは夜に至るまで延々と続く。内容がどんどんエスカレートしていくのでなるべく見ないようにしていた。ところが夜、コンビニに煙草を買いに行く前にまた見てしまった。すると、驚いたことに彼女は弁護士を雇って僕を訴えると書いていた。それも精神的暴力で、というのだから呆れたものだ。モラハラに耐え続けてきたのは僕の方なのだ。それはLINEやメールの履歴に歴然と残っている。しかしことここに至って本当に怖くなった。まるでスティーヴン・キングのホラー小説のようだ。あまりにも怖くなったので夜遅かったが警察に電話してみると先ほどの刑事の一人がまだ残っていたので「脅迫を受けている」と言うと、法的には弁護士を立てて訴えるというのは脅迫には当たらないと言われた。で、ブロックしてるんなら見なきゃいいじゃないですかと言われた。要は呆れられているのだろう。いい年をこいた大人がおろおろしているので。

とにもかくにも、これまでの経験からすると二三日後には彼女は平謝りして懇願してくるだろう。もしかしたら新庄の親に面会に行くと言っていた水曜日にうちに来るかもしれない。だがしかし、もはや今までのように許す余地は今回は一切ない。僕は何もしていない。繰り返すがただ具合が悪くて寝ていただけなのだ。これまでもLINEやメールで自分から暴言を吐いたことは一度もない。それは履歴を見れば分かることだ。ただただ彼女は頭がおかしい。人格障害による乖離で別人になることは当たり前にあったが、最近はそれに加えて意味不明な極度の被害妄想が加わっている。まるで統合失調症のようだ。もとからアスペルガー同様に人の気持ちを汲むことができない。端的に言ってモンスターだ。何故自分が今までそれを許して付き合ってきたのか、これを書いている今は分からない。今はただ恐怖とおぞましさがあるだけだ。

僕らは本当に、完全に終わった。またうちに現れたら警察に連絡する。例え彼女が玄関先で土下座してもだ。

結局、さよならを言う機会はなかった。

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廃人化計画

9月25日、金曜日。

ほぼ終日雨。とにかく寒かった。午前中から午後にかけてエアコンの暖房。夕方から極度の抑うつ状態になってほぼ廃人。独り言が止まらなくなるという具合にいささかヤバい精神状態になった。あまりにも酷くなると車で買い物に出る。多少なりとも気晴らしにはなるから。それでも人生は一編の悪夢だ、などと思う。独り言を言うのはある種の(よろしくない意味での)躁転なのかもしれない。

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再会

9月24日、木曜日。

予報どおり、急に寒くなった。突如として秋が深まった感。

午後、何か月ぶり(4か月ぶり?)に母と特養の会議室で面会。LINEの動画面会では母の反応が鈍いような気がして耳が遠くなったのかなと心配していたが、実際に会ってみるとそんなことはなかった。母は顔色もよく、ひとまず元気そうで安心。

その足で隣県まで行って彼女と夕飯。日帰りで帰ってくる。僕らの関係が一体どうなっているのか、当の本人である自分自身でもよく分からない。

午前中、東北電力の社員がやってきて、うちの車庫脇の木が高く伸び過ぎて電線に触れているので危険だからなんとかして欲しいという話。気にはなっていたので自分で切るしかないかと思っていたら、東北電力の方で無料で伐採してくれるというので頼むことにした。向かいの寺側なので隣家からの目隠し云々という役割はどうでもいいので。自分で切ると恐らく半分ぐらいしか切れないだろうし切った木の始末にも困るので、やってもらえるのなら助かる。

それはそうと、昨夜あれからなんとなくフェイスブックを見たらどういう理由か定かではないが大貫妙子(本人)から友達申請があったので承認した。CDを1枚(Mignnone)持ってはいるが大貫本人とは面識がないのでなんだか不思議ではある。繋がり的にはどうやら雲母社のユカリ経由っぽいが。謎。

往復4時間運転したのでさすがに疲れた。

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9月23日、水曜日。

日中はトレードも早々に30ピップス取れたのであとは何をしようかなとぼんやりと過ごす。夕方、玄関前のつつじの剪定を25分。今日から母のいる特養の面会が解禁されたが、午前中に電話しても案の定今日の面会の予定は一杯で明日の3時に面会を予約。

鹿島 1-0 湘南。7連勝達成。11年ぶりらしい。相手は最下位の湘南だから勝って当たり前なのだけれど、前回対戦時に0-1で負けた相手なので何があるか分からない。前半0-0で折り返したしいつまで経っても一向に点が入らないので嫌な予感ばかりがする。終始押してはいるがそれでもときどきピンチは訪れる。いつの間にか試合は大雨の中。とうとう0-0のままアディショナルタイムに入り、もう残り1分もないというところでファン・アラーノのシュートが相手DFの足に当たってゆっくりと弧を描いてゴールに吸い込まれた。まるでスローモーションを見ているようだった。あまりにも劇的な勝利。考えてみればただ最下位のチームに勝っただけなのに、試合後まるで人生のすべての夢がかなったような、なんとも不思議な気持ちに包まれた。それはなんだかちょっと不安にも似ていた。

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手抜き

9月22日、火曜日。

幸いにして負けたわけではないけれど日中トレードで大失敗。例によって利食いが早過ぎた。やたらと眠かったというのもあるけれど。夕方やり直しても上手くいかず、モチベーションが落ちたので夕食後は作りかけの曲をやっつけでなんとか格好をつけて動画に。何しろ書いたのが25年ぐらい前なので61歳がやる曲ではないと思うし、普段まったく弾かないのでギターが下手過ぎる。というような諸々もあってキーボードも申し訳程度にしか入れてない。アレンジしてないので。ま、デモテープだからいいか、という感じ。今回はマスタリングもしてない。

で、改めて思うんだけど僕はロックの人じゃないなと。ルーツが違うっぽい。

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彼岸と此岸

9月21日、月曜日。

昼過ぎに彼岸の墓参りに行った。帰ろうとしたときにちょうど住職と出会い駐車場で少し話をしたのだが、例の剪定した枝が後部座席を埋め尽くしているのを住職が見て、それどうしたんですかと聞くので剪定したんですけど連休でごみ処理場に持っていけないんですというと、寺のごみタンク(駐車場の隅に置いてある)に捨てていいですよと言われて助かった。

日中トレードも午後になって抑うつ状態が酷くなり中断。夜半、ようやく元に戻った彼女と電話で話す。話してみるとどうやら妄想を抑えるエビリファイ(抗精神病薬)を処方通り飲んでいないことが分かり、ちゃんと処方通り飲むように念を押す。うちの母親も同じエビリファイで時間はかかったけれども酷い妄想が治まった。

今日はたと気づいたのだが、もうかれこれうつ病になって20年を過ぎ、人生の3分の1をうつ病にかかっていることになる。で、いまだによくなっていないのだから人に薬がどうのと言っている場合じゃないような気もかなりする。今では手が痺れたり顔が痺れたりするのももう当たり前になってしまっている。これはこれで困ったことなのだが、実際のところ出口は一向に見えない。

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煉獄

9月20日、日曜日。

急に寒くなった。朝食後の午前中、長袖のTシャツを着てみたがそれでも寒く、結局Tシャツの上にパーカーを羽織った。

狂犬は自分から別れると言っておきながら相変わらず噛みついてくる。着信拒否しているSMSに暴言のメッセージ。公衆電話から無言電話。ガス抜きのためにLINEはブロックしてない。通知をオフにできるので。とにかく彼女の気分を推し量る術はない。

何もする気になれないので終日ソファで読書。馳星周「煉獄の使徒」読了。

上下巻ともに分厚くてとにかく長い小説だったし、ひたすら酷い話が続くのでまずメンタル的に参る。かといってポジティブなカタルシスもネガティブなカタルシスにも至らず。実際のオウム事件からずれないようにするとしょうがないのかもしれないが。真っ当な人間ほど無残な死に方をするところはサドの「美徳の不幸」「悪徳の栄え」に於けるジュスティーヌを想起させる。いずれにせよ、オウム真理教というものがいかに常軌を逸していたか、いかに凄まじい狂気であったかを知ることはできる。

それはともかくとして、昨日の日記には書かなかったが昨日アマゾンからのこぎりが届いたので車庫脇の塀から道路にはみ出しているもみじの枝を25分ばかりかかって切った。切ったはいいのだが問題はその切った大量の枝で、ごみ袋に入らないからしょうがないので車の後部座席にそのまま詰めたのだがよりによって4連休ということにはたと気づき、水曜日までごみ処理場に持っていけないことに気づいた。今日あたりで既に車の中はかなり匂う。水曜日まで一旦外に出しておくべきかなと迷う。まだ車に積んだまま。

危うく忘れそうになるがお彼岸か。明日墓参りに行くかな。

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