退院

2月18日、火曜日。

今日は母が退院するので朝10時までに病院に行かなければならない。それでスマホとタブレットそれぞれ8時にアラームをセットしておいた。そうすると不思議なもので、まず5時台に目が覚め、その後も何度も目が覚める。その間に庄野さんと仕事している夢なんぞを見ていたのだが、結局アラームが鳴る前の7時51分起床。人間の体内時計ってどういう仕組みになっているんだろう?

病院に向かう道は吹雪だった。特に天童辺りが凄かった。9時45分ごろに母の病室に着いた。10時過ぎに特養の職員が来て、母は無事退院した。なんだかんだちょうど二週間入院したわけで、入院費6万5千いくらを払ってきた。帰りも雪が酷いのを覚悟したが、往きとは別に寒河江周りで帰ったら不思議なことに地元に近づくたびに雪は弱まった。昨日PayPayモールでパソコンのメモリ(32G)を衝動買いしてしまったので、帰りにヤマダ電機に寄って静電気防止の手袋を買おうと思ったら置いてないということで唖然。しょうがないので帰宅後にアマゾンで買った。何しろ安いものなので合わせ買い対象になっており、合計2000円以上にするためにプリンタのインクも買うことに。これはいずれどうせ必要になるので。

夕方までトレード。午前中は闇雲に眠かったので、ポジションを持っている最中に二度昼寝を試みたがいずれも失敗、というか珈琲を飲んでいるせいか気がつくと全然眠くなくなっていた。夕食後の夜はなんとなく台所でACLのFC東京の試合を見る。その後ギター少々、トレード少々。

結局明日彼女がうちに来ることになった。昨日から僕らの間にLINEのコミュニケーションは復活しているものの、かといって僕らの関係が元に戻るかどうかというと正直微妙。既に僕らの関係は変わってしまったと思う。彼女からの散々の悪罵によって、彼女の腹の底が見えてしまったから。どうやら彼女は直接謝りたいようだが、かといって何を話したらいいのか分からない。要は完成間近のジェンガをバラバラに壊されたようなものなので、これを最初からひとつひとつ積み上げていくのは容易でない。いや、ジェンガよりも完成間近のジグソーパズルがばらばらになって、重要なピースがいくつかなくなってしまったと言った方がいいのか。いずれにせよ、男と女が付き合うのってこんなにめんどくさいものなんだっけ?

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無題

2月17日、月曜日。

マーク・ダグラス「ゾーン」読了。感想は特になし。トレード中にいかに負のイメージを持たずに確率論で考えるかという心構えの本ではあるが、要するにボーダー理論で淡々と打っていたパチプロ時代のマインドでいいんだな、という感じ。

夜中になって相場のポジションが捕まって、ついさっき決済して風呂に入ったばかり。ナイス損切り、と言っておく。

昼食の時間に病院に行ったら、母は午前中に入浴してようやっと髪を洗っていたが、随分と白髪が増えた。母は明日(というか今日)退院なので朝10時までに病院に行かなければならない。

僕と彼女の関係はというと、これを読んでいる人たちが何を期待しているのかは分からないが、なんとなく元に戻ってしまいそうな気配。ひとまず、まともなコミュニケーションは復活した。

8時起きというのが結構プレッシャー。

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連鎖

2月16日、日曜日。

昨日の日記にも書いたが、悪意は伝染し、連鎖する。それ自体が増殖する。今日のことを逐一具体的に書く気にはなれない。ただ今の僕は病気だ。母が夕食を終えたころ、病院のエレベーターで降りる際に鏡に映った自分の顔はまるで死体のように青ざめていた。

たぶん僕と彼女は同じような状態にある。お互いに相手に自分の方が深く傷付けられたと思っていて、相手が先に傷付けたと思っている。お互いに相手が先に優しくなるのを待っている。四六時中相手のことを考えて、悪いことしか頭に浮かばなくなる。結局のところ、彼女は僕自身に内在する自己矛盾そのものだ。

長いこと生きてきたがこういう経験は初めてで、それが世間でよくあること、つまり普遍的なことなのか、それとも滅多にない特別なことなのかもよく分からない。楽譜で言えばエンディングのリピート記号にFade Outと書いてあるようなもので、永遠に同じことを繰り返すような気がする。ただFade Outなわけだからいつかは消えてなくなるのだが。つまり僕らは水と油のように決して混じらずにずっと平行線を辿っているわけではなく、ただ同じことを繰り返しているだけのような気がする。Fade Outと違うのは、だんだん小さくなって消えていくのではなく、繰り返すたびに傷が深くなっていくということである。ということは一見Fade Outとは逆にクレシェンドしているようにも見えるが、このまま傷が深くなり続ければいずれは自分の存在よりも傷が大きくなって、自分自身が消えてしまうのだろう。だが、そんなことはあり得るのだろうか?

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奔流

2月15日、土曜日。

正直なところ、日記を書きたくもない。悪意は伝染する。

朝、僕がまだ寝ているころを見計らって彼女から酷い内容のLINEが届いて起こされる。僕を小馬鹿にし中傷し、嘲笑う内容だった。腹立たしさで眠れないのでしょうがなく起きる。

朝食後、今度は電話がかかってくる。最初は付き合うのは無理でも友だちなら……みたいなことを言うので、じゃあ今朝のあのLINEはなんなんだ、と問いただすと「クソジジイ!」と怒鳴って電話は切れた。

その後の午前中、彼女は3回にわたって僕を最大限侮辱するLINEを送ってきた。もちろん既読スルーにするのだが、生まれてこの方、誰かにここまで侮辱されたことはない。考えたくなくても一日中延々と彼女のことを考えざるを得ない。頭から離れない。なんとか考えまいとKindleでトレード関係の本をひたすら読む。だが手が休まるとまた彼女のことを考える。午後はLINEが来なかったがあまりにも丸一日考え過ぎて何がなんだか分からなくなる。もとよりここまで人を侮辱、罵倒するということがまず理解できない。

すっかり日が落ちて、食欲はまったくないものの朝早く起きたので腹が減って夕飯を食べる。それで腹だけはなんとか朽ちたが、頭の中はもうほとんど麻痺している。そのうち、なんということか、彼女に対してまだ愛しているというメッセージを書こうか、と思い始めた。こういうのは一体どういう心理状態なのだろう? 結局、彼女のLINEのメッセージを読み直して、その内容のあまりの酷さを思い出してメッセージを思いとどまった。とにかく、スクリーンショットを撮ってここに載せたいくらい酷い内容だ。

夜、今度は恐喝まがいの電話をかけてきた。彼女は精一杯ドスを効かせて凄んでいるつもりのようだった。諦めるかどうか、わかんないよ、と彼女は言って電話は切れた。

その後風呂に入っていると先ほどまでの反動で頭の中で憎悪の念が渦巻き始めた。凄まじい憎悪だ。気がつくと彼女と同じような酷い言葉を発するというか、同じ土俵にいるというか、つまりは同化してしまうのだ。

いずれにせよ、人を極限まで侮辱してその上でその人間から何かを得ようなどと思うのは、カツアゲする中学生レベルだ。彼女はかつていじめを受けていたらしいので、もしかしたらそれを逆の立場から再現しているのかもしれない。深層心理を辿っていくと、大方そんなところだろうと思う。ただそれを彼女に向かって言うと、極限まで妄想が爆発することは分かっている。

もうLINEをブロックして、Skypeもアンインストールすべきなのかもしれない。電話も着信拒否にして。彼女は人として超えてはならないレベルをとっくに超えている。そうして当たり前なのだ。何故自分はLINEをブロックしないのか? 僕も頭がどこかおかしいのかもしれない。

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美しい世界

2月14日、金曜日。

酷いことを言われた。彼女は人を不愉快にさせることに関しては天才的だ。そういう才能を何かに生かせないものかと思うが、要は自滅型というか単に破滅型の人間であるというだけなのかもしれない。そういうことをこれまでは可哀相と思ってきたが、さすがに物事には限度がある。メンヘラ女子というのは自己中モンスター、情緒不安定モンスターである。それが故にメンヘラ女子はまともな恋愛ができないとか、恋愛が成就しないということを可哀相と思うが、所詮はモンスターなのだった。ある意味に於いてはサイコパスなんかと大差ない。

きっかけは僕の常識のなさだった。昨夜話していて、僕がいつも同じ服を着ているとか、同じパジャマを着ているという話になって、下着以外は下手すると一冬洗濯をしないということに彼女が唖然とした。当然である。以前からなんとなく気にはなっていたが、改めて驚かれると物凄くショックだった。なんていうか、いまさらになっていかに自分が常識がないかということに気づいて愕然として落ち込んでしまったのである。彼女に「無理、無理」と言われたのもあって、完璧な抑うつ状態というかある種のショック状態に突入してしまった。簡単に言えばあまりにも自分自身にがっかりしてしまった。それでも昨夜の彼女は大丈夫と言って手を繋いで寝た。しかし、今朝起きてもまだショックから立ち直れていなかった。依然として自分自身にがっかりし過ぎたままだった。

そんなわけだから意気消沈して朝食を食べ、食後の珈琲を飲んでいると彼女が突然キレた。のちのちの電話によると、僕の態度が気に入らなかったから、ということらしい。とにかく突如として彼女はキレて喚き散らし、なんだかんだというので僕は荷物をまとめて帰った。こうなったら彼女はどうしようもないからだ。

最初の電話がかかってきたのは県境の山道を走っている途中だった。それは「ごめんなさい」という電話だったが、何しろ山道を運転中なのでと僕が言うと、着いたらかけ直して欲しいと彼女は言った。実を言うと彼女の家を(嫌な気分で)出たところまではまだ彼女のことを好きだという気持ちだった。ところが帰りの山道を延々と運転している間中、悪いことばかりが頭に浮かんでくるのだった。もううんざりだとかそういう気持ちばかりが湧いてくる。それは募るばかりでいつまで経っても止まなかった。県境の山を下りて走っているころには、僕はもう彼女のことが嫌いなのだ、と思うようになっていた。そしてそれは自宅に辿り着くまで続いた。

帰宅してフルーツグラノーラの昼食を済ませて珈琲を飲みながら、パソコンに向かって、帰り道に考え過ぎて頭が痛くなったのでこちらからは電話をかけたくないとLINEのメッセージを送った。すると、二度目の電話がかかってきた。今度は先ほどの「ごめんなさい」というときとは声が低くなり明らかに変わっていた。案の定どっちがいいだの悪いだのという話になった。先ほどの電話とはまるで別人だった。三度目の電話は母の病室にいるときにかかってきたので、「今病院」というとすぐに切れた。帰りの山道の途中で特養から電話がかかってきて、母は来週の火曜日の午前中に退院することになった。

四度目の電話は、病院から帰宅してまったく食欲がないのになんとかコンビニから買ってきたリゾットの夕飯を済ませた後にかかってきた。今度は「仲直りしよう」という電話だった。なんだか無理に明るい声を作っているようだった。彼女は何度も「仲直りしよう」と言ったが、僕が電話するたびに言うことが変わると言った途端に声の調子が変わった。それでも彼女は仲直りしようと言ったが、僕は一言も声に出せなかった。何も答えられなかった。僕が無言でいると電話は切れた。

それからほどなくして五度目の電話がかかってきた。それはあらん限りの罵声だった。「マザコンで、モラハラで、子供で」という辺りまでは聞き取れたが物凄い勢いだったので後はよく分からず最後に「最悪!最悪!最悪!」と三連呼(だったと思う)して電話は切れた。酷いことを言われた。彼女にモラハラ呼ばわりされるのは、散々誰かをいじめた挙句に最後にそのいじめた相手を指さしてこの子にいじめられたと言うようなものだ。何よりもマザコンという言葉は一番傷ついた。

結局のところ、帰り道の途中から思った「彼女を嫌いになった」という言葉はこの間ずっと頭の中で鳴り続けていたのだった。まるで自己暗示のように。

それから電話もメッセージも途絶えた。どうやらようやく彼女と縁を切ることが出来たようだ。もちろん罵声を浴びたことで途轍もなく嫌な気分になったが、とにかくその気分を抑えようと思った。そのためにちょっとだけトレードもしてみた。「ジョン・ウィック」の続きも見てみた。だが映画を最後まで見ることは出来なかった。頭の中に、彼女と一緒に見た美しい世界が浮かんだ。

さよなら、おバカさん。マイ・ファニー・ヴァレンタイン。

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夢、風呂

2月12日、水曜日。

相変わらず毎日夢を見る。しかしながらこのところいい夢というものをしばらく見ていない。夢特有の曖昧さというよりうやむやで落としどころのない夢ばかり見る。そういえば昨日の夢には父が出てきたと思う。いい夢というのは果たしてどういう夢なのかというと、それもまた曖昧模糊としている。

今日は快晴で、雪かきもせずに済んだ。病院には昼食時に行ったが、今日の母も昼食を粗方食べる食欲を見せ、調子は悪くなさそうだった。このままよくなって退院できればいいんだが。帰りがけに役場に寄って障害者手帳の申請。いまさらという感はかなりあるが。

病院から帰宅後すぐにトレードというか、朝の段階で既にポジションを取ったのでその続きをやっていたのだが妙に疲れていてだるかったというか、ほとんど具合の悪い人になりかけたので1時間ほど昼寝。寝たらそこそこ回復したが、なんで具合が悪くなりかけたのかはよく分からない。夕方に利食いをしてようやっと先日の特大ストップを食らった分を取り戻す。結局何日かかったのだろう。

夕食後の夜は珈琲の豆を煎りながら4話の途中で停まっていた「東京ラブストーリー」の続きを見た。なんていうか、この辺になるともうこそばゆくて。長いこと生きているので好きという感情が途轍もなくめんどくさいものであることは知っているが、こんなにもこそばゆいものだとは。

寒いところに住んでいるから当たり前といえば当たり前なのだが、冬になるととにかく風呂に入るのが面倒に思える。脱衣所で服を脱ぐのも(寒い)面倒だし、風呂に入るのも面倒、髪を洗うのも面倒、という具合にすべてが面倒に思える。ところが実際に湯舟に浸かっているとそれ自体特にめんどくさいわけではないし(当たり前)、いざ身体を洗ったり髪を洗ったりしている最中もリアルタイムでは特にめんどくさいわけでもない。風呂から上がってドライヤーで髪を乾かすのもやっている最中はそれほどめんどくさいと思わない。一体この事前事後の感覚の違いはどこから来ているのだろう?

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スプーン、逃げる

2月11日、火曜日。

朝、2分だけ雪かきもその後晴れたので別にしなくてもよかった。

今日も昼食時に病院へ。今日の母は話すこともしっかりしていたし、食事も8割方食べた。ちゃんと食べたという感じ。熱もなさそうだし、大分よくなったという印象。それは大変いいことなのだが、昼食前にやってきた見たことのない看護師が、突然このスプーンじゃ大きすぎると言い始めた。この一年で入院するのは4回目だけれどそんなことを言われたのは初めてだと言うと、私も言ったのは初めてですと減らず口を叩く。ティースプーンの柄の長い奴を売店で売っているというので2階の売店に行ってみたが、そんなものは売っておらず、売っているのは今あるのと大きさが大差ない奴だった。結局帰り道にダイソーに寄ってティースプーンよりは大きいが小さめのスプーンを買い、帰宅後に大きめのティースプーンも同じ袋に入れた。明日持っていくのを忘れないか心配だ。

帰宅後は深夜まで終日トレード。で、ユーロドルにしろドル円にしろほぼ想定通りだったのに、丸一日かけてどちらも結局逃げただけで終わる。確かにマイナスにはなっていないが、なんでこう毎回含み損を抱えると逃げるだけになってしまうのか。パチプロ時代はこんなことはなかったなあと思うがそれも当たり前で、パチンコの場合は確変の連チャンが終わるまでやるからだ。いずれにせよ、恐怖なのか希望なのか貪欲なのか、なんだかすべてをごちゃまぜにしたような感情に揺り動かされる。なんで数千円の含み損でどきどきするのかいまだに訳が分からない。不思議なものでドローダウン(含み損)というのは万単位になると存外平気になるものだ。昨日今日とトレードしてみて、やはりデイトレードでリバモア式のピラミッディングをするのは厳しく、少なくともスイングじゃないと難しいなと実感。

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吹雪

2月10日、月曜日。

朝起きた後雪かきをしたのかどうか記憶がない。したのかもしれないししなかったのかもしれない。とにかく、日中は晴れていた。

今日は母の昼食に間に合うように午前中から病院に行った。今日の母は自分でちゃんと食べた。7割5分ぐらいか。最後の方はちゃんと器を左手に持って食べたし、牛乳も飲んだ。自分が触ったところでは熱もなさそうだったし、今日は具合がよさそうだった。しかしながら、相変わらず目を開けているときの母の視線は中空を見据えていて、何を見ているのか分からない。母の瞳に映っているのは天井の蛍光灯の光だ。それはドラマ「JIN -仁ー」で南方仁が初めて吉原に行ったときに彼の瞳の中に映る吉原の明かりを想起させた。

帰宅後の午後はトレード。7時近くになってコンビニに夕飯を買いに出ると、外は吹雪だった。そういえば7年とちょっと前、父が倒れた日の晩、病院からの帰りもこんな吹雪だったと思い出す。道にも雪が積もり始めていた。夜の8時過ぎになっても、裏の人がうちの隣の私道の雪かきをする音が聞こえた。どのみち明日の朝は雪かきになりそうだ。

今日は相場がなかなか動かず。結果的にユーロドルの読みはほぼ完璧だったが、あと5分というところが例によって待てなかった。なんでいつもこうなるのか、考える必要がありそうだ。ちなみに今日はトレード中に一切ツイッターを見なかった。してみると、ジェシー・リバモアが言うところの価格以外の情報は必要ないということも頷ける部分はある。

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グレートベア

2月9日、日曜日。

リチャード・スミッテン『世紀の相場師 ジェシー・リバモア』読了。

なんとか土日の二日間で読み終えた。なんで読んだかというのはツイートにある通りだが、実際のところは希代の投資家の数奇な人生を描いたいわば伝記である。とはいうものの、自分にとっては確かに示唆はあった。例えば相場を予想してはならないとか、貪欲と恐怖はもちろん、希望すら持ってはいけないとか、価格以外のあらゆる情報を遮断しなければならないとか。予想してはならないということと希望を持ってはいけないということは似ている。感情を排斥して価格という事実だけを見ろということだが、ちょっと気になるのは1907年と1929年(いわゆる世界恐慌)の大暴落での空売りで巨万の富を得てグレートベア(相場でベアとは売り手を指す)と呼ばれたリバモアだが、相場が反転して下落に転ずると思って売りを仕掛けたのは予想ではないのか? というようなことだが、例えば最近(でもないか)で言えばトランプが当選したらドルは下落すると思い込んで大負けした自分の心理や感情を思い出すと、ああそういうことなのかと得心がいく。実際今でもコロナウイルスが蔓延することで売りだと思う人間もいれば逆に買いだと言う人間もいて、要するにそんなことを予想しても肝心なのは現実としてのレートがどう動くかであってそれ以上でもそれ以下でもない。情報は必要ないというのも極論のように思えるが、なんらかの情報によって相場が動いたということは後になって証明されることであってリアルタイムの相場が動いているときには何が原因かなどということはどうでもいいということである。分かりやすく言えばトランプがいつどんなツイートをするかなんて誰にも分からないわけで、ましてやそれで相場がどう動くかなんて実際に動いてみないと分からない。結局は相場が上に動いているのか下に動いているのか、それとも動いていないのかというそれだけのことである。

それにしても、トレードの大敵である感情を律することにかけては天才的であったリバモアでさえも、3度(いや4度かな?)破産している。そしてそこから再び這い上がっている。とすると、破産することもまた、必要な経験なのだろうかなどと思ってしまう。結局リバモア自身は離婚を契機とした4度目の破産後感情の渦に飲み込まれ再起できず最後は自殺してしまうのだが。そういう意味でもこれは悲劇である。

もうちょっと具体的なトレード上のヒントとしては、ポジションを分割して建てるということがある。最終的に持つ予定のポジションのまず5分の1を打診で持ち、逆行すれば損切り、利益を出すようであれば5分の1ずつ追加していくという手法。なるほどなあと思うものの、短期トレードでそれをやるのはなかなかに難しい。とはいうものの、同じポジションの分割でもナンピンばかりになってしまう自分とは真逆であるが故に参考になる。かといって自分自身の手法を180度変えるつもりもない。リバモアのルールでは10%の損失で決済(損切り)するということだが自分には10%というドローダウン(含み損)はあまりにも大き過ぎる。と思ったのだが考えてみると今年に入ってもっぱら海外FX会社を使って少ない資金で高いレバレッジでトレードしているので、10%以上のドローダウンを持ったりはつい先日もあったのだった。とすると、つまりあれはやり過ぎだったということになる。

海外FXに関してはキャッシュバックについて書こうと思ってはいるのだが、昨日今日と本を読むので一杯で明日以降に持ち越し。

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朝起きたら外は結構な雪だった。

というわけでとうとう「まともな」雪かきをしたのだが、たかが12分といえども大層疲れて昼過ぎになってじわじわと来た。それで午後に1時間ちょっと昼寝。今日も母の病院には夕方4時過ぎから行った。夕食の時間に合わせるためである。今日の母は寝ておらず起きていた。しかしその視線はどこかうつろで、何を見ているかよく分からない。とはいうものの、昨日まともに食べられなかった夕食を今日は起きてちゃんと食べた。7・8割ぐらい食べたか。それでちょっとほっとする。夕食時はそれほど熱もないようだった。これで快方に向かってくれればいいのだが。

病院からの帰り道はすべての道路ががんがんに凍結していた。結局、冬というものはいつかは冬の姿を見せるのだ。

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1ドル

2月8日、土曜日。

終日ひたすらリチャード・スミッテン「世紀の相場師 ジェシー・リバモア」を読む。すると。

とにかく1ドル得したんだと思うことにする。

今日も母の様子はよくない。昨日夕食を一人で食べるのに苦労していたので、今日病院に行くと言っていた弟には昼食時になるべくいてくれるように頼んだ。自分は夕方から行ったが、母はずっと寝ていて話しかけてもろくすっぽ返事もしない。夕食時に無理やり起こしたものの、食事中も半分寝ているような状態で結局半分も食べられなかった。弟の話によると今朝方また39度まで熱が上がったそうだが、僕が行った夕方には熱は下がっているように見受けられた。いずれにせよ、今日で入院して5日目、毎日抗生剤を点滴しているのに一向に発熱が治まらないのは何故だろう?

病院の帰り、わりと最近できたラーメン屋で夕食。

今はとにかく母が心配。

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