モラトリアム

12月28日、土曜日。

以前も同じことを書いた気がするが、人生に於けるモラトリアムは学生時代だけと思っていたが、結局は人生そのものがひとつの巨大なモラトリアムのような気がする。それは波乱万丈だったり退屈極まりなかったり、スリル満点だったり冗長だったりする。ときにはただの苦痛だったりもする。でもそれはどうでもいいというか終わってみなければ分からないことであって、常に今どうなのか、という点だけが重要なのだ。何故なら、僕らは今とか今日しか生きられないから。今日が昨日ではないことがときには僥倖であったりもするしその逆もある。

ちょうど8時間ほど寝て9時8分に起きると、28日にしてようやく雪が積もっていた。

予報によると大晦日から元日にかけて大雪になる云々という噂もあるが、果たしてどうなるのか。

第一幕。

朝食後に彼女から電話がかかってきた。このところ記憶が怪しいので正確に何を話したかは曖昧だ。とにかく、彼女が別れたいのか?と訊いたので、遂に僕は「別れたい」と初めて言葉にして言った。これが昨日だったら大変な修羅場になっていただろう。ところが彼女は激しく動揺はしたものの、反転はしなかった。今日の彼女は比較的落ち着いていたのだった。それからなんらかの会話をして、ともだちになろうということになった。こうして僕の人生最後の恋は終わった。電話を切ってから僕はボロボロ泣いた。

第二幕。

フルーツグラノーラの昼食を摂ると、何もすることがなかった。外はしんしんと雪が降っていたが積もる気配はない。本当にまったくすることがなかった。あまりにもすることがなくて途方に暮れたので、ベッドに入って昼寝をした。睡眠が足りないわけでも特別眠いわけでもないが、不思議なことに人間他にすることがないと眠れる。目が覚めると3時ごろだった。起きて机の前に座り、すっかり冷えた珈琲を飲みながら煙草を吸った。そして考えた。こうしてまったくLINEが来ないというのも辛いものだなと。何もすることがない休日というものを世の人々が日々待ち望んでいることが不思議に思えた。

そこに彼女からまた電話があった。で、彼女が言うには、保留にして欲しいという。保留。僕はいいよと答えてしまったが、正直その意味がよく分からなかった。要するに午前中の出来事は一時停止のボタンを押したのであって、また再生のボタンを押すということだろうか? そしてそのボタンを押しているのは僕なのか彼女なのか? 何故いいよと答えたのかというと、前述のように何もすることがなくてまったくLINEが来ないということが結構辛かったということと、朝方一度言うべきことをはっきりと言ったという、これまで出来なかったことを成し遂げたというある種の達成感があったからかもしれない。

こうして気がつくと僕らはまた何事もなかったようにLINEのやりとりを始めた。人生とか恋というものはこんな風にうだうだと続くものなのだろうか? 結局のところ、今日の彼女の状態がよかったというだけのことなのではないか? たぶんというか必ず彼女はまたブレる。そしてまた一時停止のボタンを押すのか、それとも本当の停止ボタンを押すのか。物事はエンドレステープ(死語)のようにぐだぐだと延々と同じことを繰り返して続いていくのか。正直なところ、キツネにつままれたような気分だ。僕らはイチからやり直しているのか、それともただ続きを演じているのかが分からない……。

U22日本代表 9-0 U22ジャマイカ代表。本当にまるで蛇足のような試合だった。一体なんのためにこんなカードを組んだのか疑問を覚えるほどに。そんなわけでこの試合はどうでもいい。

一夜明けて明日(日付が変わっているので今日だが)になったら、明後日になったら、僕らは一体どうなっているんだろう? 誰がどんなボタンを押すのだろう?

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M….r

12月27日、金曜日。

酷い抑うつ状態でとうとう本も読めなくなった。何も楽しくないし何もできないので夜ベッドに寝転がって本を読んでみたが、数ページ読んで苦痛を覚えた。相変わらず毎日夢を見ているが今日の夢はさっぱり覚えていない。今日も彼女の情緒不安定は常軌を逸している。正直言って僕はもうボロボロだ。昨日彼女と何を話したのかもつぶさには思い出せない。まるで記憶が飛んでいるようだ。電話がかかってきて彼女の声が聞こえるたびに恐怖を覚える。何を言いだすか分からないから。日中はなんとかトレードはしたものの夕方以降は何もする気がなくなった。何もできないので早めに風呂に入った。その前にまた彼女から電話が来て、僕が調子が悪いと言うと少し距離を置こうと彼女が言い出した。ところが、風呂から上がると電話の数分後に抑うつ状態になる僕はわがままだとLINEでキレていた。手がつけられない。

昨日の煙草は36本だったが、今日は朝からストレスで煙草を吸い続け、夕方試算してみたところこのペースでは22時半に40本に到達することになることが分かった。その後メシを食ったりしたお陰で若干ペースが落ちたが。これを書いている今は22時9分で、現時点で30本。どうやら日付が変わるまでに40本に到達することはなさそうだ。正直なところ煙草の本数などはもうどうでもよくなっている。40本を越したらもう時刻は書かずに〇だけ書いておこうと思う。

22時16分、31本目の煙草に火をつけた。もう無理だな……。自分自身もブレまくっている。

追記: できることがひとつだけ見つかった。ひたすらトレードノートに罫線を引いた。写経みたいなものだ。

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12月26日、木曜日。

ずっと雨が降っている。これが雪に変わったら、今度こそ積もるのだろうか。

正直言ってもうボロボロで、日記を書く元気もない。疲れ果てて抜け殻のようになっている。細かいことはどうでもいいとして、とにかく今日はひっきりなしに彼女から電話がかかってきた。そのたびにときには1時間に4本という凄まじいペースで煙草を吸った。

これは夕方6時過ぎから8時ごろまで電話で話した(というか途中からほぼ一方的に彼女が喋り、僕は押し黙っていた)後のツイート。あまりにも悪罵、痛罵を言われてもう何がなんだかよく分からなくなっていた。食欲はまったくなかったが、しょうがないので夕方コンビニで買った弁当を食べた。それからまた煙草を吸って呆然とした。僕は絞り切った雑巾のように疲れていた。そしてふと、これだけ酷い目に遭っていても自分はまだ彼女を愛しているということに気づいて愕然とした。今日の彼女が電話で言ったことはおよそ途轍もなく酷いことだった。これまで僕は彼女には2つの人格があって、いい彼女と悪い彼女がいて、今日は悪い彼女なのだと思っていた。実際、ボーダーラインによる乖離が起こっているという判断は間違っていないだろう。しかし、いいときの彼女も悪いときの彼女も同じ人間で、いずれの状態のときにも同じ彼女なのだということに気づいた。つまり彼女が二人いるわけではなく一人なのだということに。

こんなことにも気づいたが、結局一番重要なのは、これでもまだ自分は彼女を愛しているということだった。それで書斎に行ってデスクトップPCのLINEの入力欄に「愛している。別れない」と入力した。また煙草を吸ってしばらく考えた。台所に戻って珈琲を淹れ、珈琲の豆を煎り始めた。結局のところ、何をしても自分は後悔するのだろう。書斎に戻ってエンターキーを押した。これでメッセージは発信された。もう後戻りはできない。そして、エンターキーを押したあと、やっぱり僕は後悔した。酷い気分のまま、台所に戻って鍋を振った。ズボンのポケットの中でスマホにLINEの着信を告げる振動があった。また恐ろしく酷いことを書かれていることを覚悟した。

書斎に戻って、酷い言葉を覚悟しながらLINEを開けると、「酷いことを言ってごめんなさい」という言葉と、ユーミンの曲のリンクが貼ってあった。それを見た途端、涙が滲んできた。それが一体どういう涙なのかは分からなかった。

珈琲の豆を煎り終わり、書斎に戻ると彼女からLINEの電話がかかってきた。まだ彼女はいい彼女に戻りきれてはいなかった。僕はひたすら「うん」という返事を繰り返したが、それだけでは許してもらえなかった。こうしてまた振り出しに戻った。

僕は唯一のチャンスを逃がしたのか、それとも掴んだのか、いまだに分からない。自分がどうすべきなのかなんて、一体どうすれば分かるんだろう?

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最後の彼女

12月25日、水曜日。

クリスマスイブを彼女と過ごし、クリスマスの晩に彼女と別れた。今度こそ、本当に別れた。

そういえばいつからだろう、去年あたりからか、自分は大人になってから誰にも「さよなら」と言ったことがないということに気づいた。夜、台所で諍いになったとき、僕の口から飛び出したのは何故か「さよなら」じゃなくて「さいなら」だった。なんで「さいなら」なんだ? 夜の玄関から去っていく彼女は綺麗に見えた。こうして僕は最後の彼女と別れ、またひとりになった。この先もう誰ともキスしたりセックスしたりすることはないのだろう。イブの夜は雪が舞ったが積もらなかった。今日もまた雪はなく、奇跡のように雪のないクリスマスになった。結局、気がつけばひとりだ。恐ろしく酷い年末と正月を、毎日後悔しながら迎えるのだろう。彼女と別れたというだけで800g痩せた。ブラッドベリの言うように、死ぬときはひとりぼっちだ。

ダメ押しのようにたった今、彼女から「あなた達みたいな人種が一番嫌い」というLINEが届いた。所詮、どうにもならなかったのだ。さよなら。

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夜爪

12月23日、月曜日。

ついいましがた足の爪を切った。昔父がよく、夜に爪を切るのは夜爪といって親が死ぬからやめてくれと言ったが、ネットで調べてみると夜爪というのは実はその逆で、昔(江戸時代とか)は夜暗かったので爪を切ると間違って指を切ってしまい破傷風で親よりも先に死ぬという言い伝えだった。

改めて最近は毎日彼女の状態に一喜一憂している感がないでもないが、彼女は昨日辞めるといっていた仕事にも行き、今日は終日平穏無事だった。そう考えてみるといつだったか、先日の一日がことのほか極めて酷かったというだけのことなのかもしれない。明日からのクリスマスは彼女と過ごすことになっている。

今日もまた雪は降らなかったし、今日もまた昼寝を1時間ばかりした。灯油の配達をしてもらい、役場に行って固定資産税を払い、ガソリンスタンドで給油し、ドラッグストアやスーパーで買い物をした。本当を言えば髪を切りたかったのだが、1000円カットに行ってみると月火が定休だった。

欧米はとっくにクリスマス休暇に入っており相場は閑散としていて、下手に手を出してはいけないと思ってはいるものの、チャートを見続けていると何もしないのも何かなという気がしてちょこまかとスキャルピングはしてみたがそれだけ。という割には数だけはトレードしているが。今日は空いた時間で来年から使おうと思っている海外口座(既に持っている)をいろいろと調べた。

夜になって雨。明日の予報は雪になっているので、夜半に雪に変わるのだろうか。いずれにせよ、正月に雪がないなどということはちょっと考えられない。前述のように明日のクリスマスイブは彼女と過ごすので明日の日記は休み。

そういえば朝方だったか昼寝のときだったか、久方ぶりに入れ込構造の夢を見た。つまり夢の中で夢を見た。なので夢から覚めてもまだ夢の中という、ある種奇妙な体験をした。以前はたまにこういう夢を見ていたのだが、今回は恐らく数年ぶりだと思う。

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明滅

12月22日、日曜日。

9時17分起床。昨夜は抑うつ状態が酷いせいもあって早く寝たので、8時間ぐらいは寝たと思う。今日も雪は降らなかった。風呂掃除以外何の予定もない日曜日。昼近く、本来なら雪が融けた四月にする予定だった庭木の剪定を少々試みる。主に裏の家の方まで塀を越えている枝を切ったのだが、自分が持っている剪定ばさみではある程度細い枝しか切れない。剪定ばさみで切れない枝はのこぎりかなんかを使うしかなさそうだ。そんなわけでほんの申し訳程度の庭仕事だったのだが、驚くべきことに書斎に戻ってフルーツグラノーラの昼食を摂ろうとすると右手がぶるぶると震える。いかに普段作業というか運動をしていないかという証左であると思うが、この震えはしばらく治まらず、その後珈琲を淹れたらカップを持つ手があまりにもぶるぶる震えてこぼしそうになった。パーキンソン?とか疑いたくなるぐらいの震えだった。その後ようやく震えが治まると今度は例によって抑うつ状態の痺れに変わった。

今日の彼女は仕事で大失敗をしたと言って酷くへこんでいた。心が折れてもう仕事を辞めるとまで言い出した彼女だったが、不思議なことに今日は終日悪い彼女の方に暗転することはなかった。

自分の方はといえば、夕食後に抑うつ状態が酷くなり、物事を集中して考えることができなくなりベッドに横になって呆然としていたりしたのだが、考えなくてもできることということで、珈琲の生豆を煎ることで気を紛らわせた。風呂に入ると若干ではあるが少し楽になった。

途中まで読んだデイヴィッド・ゴードン「二流小説家」だが、抑うつ状態のときは軽口を叩いてユーモアが売りの文体を読むのが辛くて途中で一旦読むのを中止、こういう気分のときはむしろ酷い話を読んだ方がよさそうということで陳浩基「世界を売った男」を昨夜から読み始めたのだが、こちらの方はデビュー作ということで稚拙さというか、自分もそうだったが小説を書き始めたころはこういうことを書きたがるんだよなあ的なところが目に付く。

ヒマだったこともあり今日はトレードに使う会社をもう一度再検討してみたのだが、新たに口座を作るほどの会社は見つけられず。

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相克

12月21日、土曜日。

天皇杯準決勝、鹿島 3-2 長崎。鹿島は長崎相手に2失点するなど、内容はとてもいいとは言えないが、とにもかくにも元日の決勝には進めることになった。

夜、酷い抑うつ状態。手と顔が痺れる。正確に言えば終日抑うつ状態だった。原因ははっきりしている。昨夜あれから睡眠薬を飲んで寝床で本を読んでいると、最後の睡眠薬を舐めているときに彼女から電話が来た。出てみると「あ、出た」と言われただけで僕が睡眠薬を飲んでしまったことを告げると「じゃ、いいや」と言ってすぐ切れた。そこでLINEを見ると、本を読んでいる間、自分が気づかないうちにメッセージが入っていたのだった。それは恐ろしく酷い妄想による妄言・暴言で、これではもはや統合失調症と変わりなく、彼女は狂ってしまったとさえ思えるものだった。最後の睡眠薬(つまり睡眠薬3錠、安定剤3錠)を舐めてしまったというのにこれで一挙に眠れるかどうか物凄く不安になってしまった。もう1錠睡眠薬を舐めようか散々迷ったが、結局安定剤をもう1錠舐めたらいつの間にか眠れた。

一夜明けて起床してから「おはよう」のメッセージを送り、何事もなかったかのように一日やりとりしていたが、平静でいるには昨夜寝る前のメッセージはあまりにも酷かった。お陰で、終日彼女に対する嫌な感情と戦う羽目になった。

昼ごろに母のいる特養の看護師から連絡があり、午前中風呂に入った母が昼食時にぐったりとしたという話だった。まったく要領を得ない話だったがとにかく特養に行ってみる。どうやら母は食事の席で意識が遠のいて気分が悪くなったようだった。母は部屋のベッドで横になっていたが、気持ち悪くてむかむかすると言った。1時間ほどいたがその間ほとんど母はうとうとと眠っていたので、一旦帰宅した。心配なので夕食後にもう一度母のところに行くと、母は夕食を食べたということで、母に訊ねると気分の悪さは治まったということだった。

そうしている間にも彼女に対する負の感情のようなものはなかなか拭い切れなかった。駐車場の車の中で煙草を吸って呆然とした。帰宅後、気がつくと酷い抑うつ状態になっていた。なので彼女にもメッセージは送らず、ベッドに横になってみたりした。どこかの時点で彼女からメッセージが来たので返事を書き、ちょっと調子が悪いと書いた。その後彼女から電話があったが、今は抑うつ状態だと言うと特に口論のようにはならなかった。それから早めに風呂に入った。とにかく酷い気分だったから。

結局昨夜のあの妄言がなんだったのか、いまだにあやふやなままだ。思い出すと不快な気持ちがよみがえるがかといって忘れることもできない。もしかしたら彼女の中ではなかったことになっているのかもしれないが、自分の中ではそうはいかなかった。

明日は何の予定もない。もし今日のような状態が明日も続くとどうしようもない。このもやもやを抱えたまま来週彼女とクリスマスを過ごすのだろうか。適切な解も退路もある。だがそれを選ぶ勇気も非情さも持ち合わせていない。泥舟に乗った気分だ。結局、何を選ぼうが恐ろしく酷い気分からは逃れられない。

今日も雪は降らなかったし積もらなかった。いつまでこの幸運が続くのだろうか。だが、いつかは必ず雪かきをせねばならない。

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Trembling

12月20日、金曜日。

しばらく震えが止まらなかった。それが不愉快さ故なのかそれとも恐怖なのかは分からなかった。いずれにせよ、僕は心底うんざりしていた。

昨日は彼女のところに泊まった。今日は生まれて初めてコメダ珈琲なるところに入ってあまりの珈琲の不味さに慄然としながらも、彼女の仕事に関してひとしきりアドヴァイスなどをして帰った。宮城県と山形県の県境のトンネルを抜け、尾花沢市に入ると雪になった。村山市に入るころには本降りっぽくなったが、地元に戻ってくると雪ではなかった。それでも母のところに面会に行くころには、この町でも雪がちらついていた。

帰宅後、コンビニで買ってきた弁当の夕飯を食べ終えてからスマホを見ると、突如として彼女の「発作」が始まっていた。それは詰まるところある種の病気なのだと分かっていても不愉快な感情はしばらく抜けない。平均しても2時間ぐらいはかかる。いずれにしても悪い方の彼女が現れたということで、これ以上悶着を起こしたくないので今日はLINEのメッセージは返さないし電話にも出ないとメッセージした。今日はしこたま相場のポジションを持っていたので、とにかくチャートに集中しようと思うのだが、なんだかヤケクソな気分になるだけだった。そうすると矢継ぎ早に「大嫌い」「二度と私に関わり合わないで」というメッセージが来たので、今度こそは本当に終わったのだ、自分は非リア充に戻ったのだと思った。特に物凄く悲観していたわけでもないのだが、なんだか途轍もなく嫌な感情に満たされて冒頭に書いたように震えが止まらなかった。二度LINEの電話がかかってきたが両方とも出ないで切った。すると、「自分勝手、最低」というメッセージが返ってきた。

昨日彼女と一緒に仙台のアウトレットに行ったら、GAPのダウンジャケットが2900円で買えて、これはいい買い物をしたと思ったものだが、もしかしたらこの買い物をするためだけに彼女と出会ったのではないかなどと考えた。相変わらずチャートを凝視していたが、どうもそっちの方も好転しそうにないので利食い。その後もしばらく震えは治まらず、特に寒いというわけでもないのにダウンジャケットを着てみたりひっきりなしに煙草を吸ったりした。やがて彼女から「ごめんなさい」というスタンプが送られてきた。しかしそれに対して一体どう返答したらいいものか分からず、例に漏れず煙草を吸いながらどう書いたものかと考えて、「風呂に入る」とだけ書いて風呂に入った。

その後音沙汰はない。正直言って何がどうなっているのか、何をどうすべきなのかさっぱり分からない。震えが治まったと思ったら手の痺れになった。正直なところ、風呂に入る前は胃潰瘍寸前だった。彼女がこうなることは分かっていたものの、そのときに自分がどうなるかということを分かっていなかった。ただただ、電話で罵り合いみたいなことをするのは御免だった。彼女が衝動的に訪れる怒りをコントロールできないように、僕もまた、不愉快な気持ちをすぐには抑えられない。前途多難なことは承知していたが、いざその多難に入ると、もうそこは五里霧中なのだった。

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日韓戦

12月18日、水曜日。

朝彼女から電話で起こされ、何時かと訊ねたら11時と聞いてびっくり。9時台に一度目が覚めたのだがいつの間にか二度寝して長い夢を見ていた。9時間以上はさすがに寝過ぎ。

今日はただでさえ夜代表の試合があるのでトレードできる時間は限られている。ドル円は動きそうにないし方向感もないのでユーロドル。夕方母のところに行くぎりぎりの時間で利食い。結果オーライ。結局今日も雪は降らず、考えてみれば11月に雪が降ったので焦ったが結果的には12月の後半にさしかかってもまだ雪は積もっておらず、まあ正月には当たり前に雪はあるだろうけれどもここまではラッキー。

というわけでE-1選手権、日本 0-1 韓国。なんていうか、そもそも先発メンバーが中国相手に1失点して1点差まで詰め寄られたメンバーであることがクエスチョンマーク。単なるターンオーバーなのか。で、香港戦で特別によかったわけでもない田中碧を最後まで使ったのもよく分からず。前半はパワーで押してくる韓国にタジタジで1失点、パス1本も満足に繋げないという目を覆わんばかりの酷さ。こんなに酷い日本代表を見たのも久しぶり。後半相馬を投入して韓国のプレスも緩んで少し持ち直したとはいうものの、点を取れる気配もなく負けるべくして負けた。引き分けでも優勝だったというのに、なんでわざわざこんなメンバーでこんな試合をしたのか、まったくもって意味が分からない。とりあえず今大会の収穫は相馬ぐらいかな……。とにかく今日のメンバーでは中盤がまったく機能せず。ボランチに三竿がいたなら大分違っただろうなと思った。いずれにせよこの大会自体のプライオリティが低いということなのか。だとするとわざわざ韓国まで行って応援したサポーターが気の毒。

夜のトレードは自粛。劉慈欣「三体」をもうすぐ読み終わるがこのところ本を買いまくっているので積読状態の本が山積み。

明日はデート日なのでたぶん日記は休み。

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Return

12月17日、火曜日。

これは日付的には今日だが正確に言えば昨夜の話なのだが、不思議なことに本来戻らないはずの逃げ水が戻ってきた。昨夜あれから、彼女がアイコスを忘れていったことに気づいてLINEしてみると、夜中の1時過ぎだというのにまだ隣町のコンビニだかドライブインだかにいるというので驚いた。後で判明したのだが、彼女は睡眠薬を飲んで車内で眠るつもりだったらしいのだが、そんなことは知らないのでとにかく戻ってくるように言った。そんなわけで彼女は睡眠薬で呂律があまり回らない状態で運転して戻ってきた。その前に玄関で猫背の彼女を抱きしめ、細い髪を撫でてもしかしたらこれが今生の別れかもしれないと思っていた(だから昨日の日記はあんな日記になった)のだが、気がつくと真夜中に彼女は戻ってきて、結局のところ僕は彼女の病気を受け入れることになった。たぶんこれもまた運命なのだろう。運命というものがあればの話だが。

今日は二人で蕎麦の昼食を摂った。

結局こうして僕らはまた元に戻り、僕はまたいつか必ずやってくる彼女の病状に耐えなければならなくなった。幸せはそんなに簡単には手に入らない。この先どうなるかなんて誰にも分からない。しかし、これまでずっとそうしてきたように、また行き当たりばったりの人生を歩むだけだ。

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