暗夜行路

4月5日、水曜日。

昨夜はいつもより1時間ばかり早く寝た。そのお蔭なのか8時45分起床。午前中、例の入院していた叔母から携帯に電話があった。1ヶ月入院していたとのこと。口が回らないらしい。そう言われてみればそんな感じだった。それ以上詳しいことは訊けなかった。なんとなく雰囲気的に。

せっかく朝起きれたと思ったのだが昼前に眠くなって結局昼寝。今日は1時に隣町のディーラーでタイヤ交換の予約を入れている。アラームで目が覚め、昼食を摂ってなんとか1時前にディーラーに辿り着く。タイヤ交換の作業をしている間、外のベンチで煙草を一服する。

すると、外はぽかぽかとあったかい。なんという陽気。帰路、業務スーパーに寄って買い物をして帰る。気持ちのいい天気で窓を開けて走る。外はまったくもって申し分のない天気だった。非の打ち所のない春の陽気。冬用のズボンにダウンベストを着ている自分が馬鹿げて見える。こんな日は車でどこに行っても許されるような気がした。天気がよくて、暖かくて、静かだ。素晴らしい。

実際のところ、まったく申し分のない日に思えた。ここまでは。

天気がいいし少し早めに母のところに行ってみる。すると、職員の話によると母は風邪をひいて熱を出し、今医者に行っているという。どうもこの辺から今日という一日は暗転した。

一旦帰宅して相場のトレードも、5時過ぎから売り上がって含み損を抱えてしまう。こういうときは何故かすぐに損切りせずにポジションばかり増やしてしまう。一番よろしくないパターン。含み損を抱えたまま、やっぱり気になって7時近くに母のところに行く。母は氷枕をしていた。38度まで上がった熱が37.6分になったと看護師に聞く。母の話によるとそこまで気分が悪いわけではないがときどき頭痛がするという。もしかしたら僕が風邪をうつしてしまったのかと気になる。いずれにせよ、面会は短時間にと言われていたのですぐに帰る。

帰宅後、例のポジションはまだ生き残っていた。夕飯を食べながら相場のチャートを睨んでいると、ちょっとずつ下がってきて夕食後、逃げられるポイントはあった。しかし眼前で見逃してしまった。ここから一気にあからさまに暗転。ストップがついたらしょうがないとは思っていたものの、指標まで引っ張ってしまったのが結果的に大失敗。指標が裏目、ああやっぱりストップがついたかと思って見たらなんと20ピップスばかりスリッページ(いわゆるタイミングの関係で決済値が滑る)を食らっていた。当初の想定の1.5倍もの損失を食らった。唖然。しかも余計な指値までついて引っ込みがつかなくなりそのまままた売り上がる。結局その後あれこれじたばたしたものの、一度ケチのついたものはどうにもならず、火に油を注いだというか、ただの悪あがきに終わった。久々の大敗。かなりげっそりしている。

気がつくと気のせいか少し頭痛。僕も風邪をひいたのだろうか。今日は前述のように暖かく、日中は暖房を入れなくても大丈夫で夜も少し厚着をしていれば暖房なしでも平気なくらいだったが、かといってまったく暖房がいらないかというと微妙。この辺の具合が季節の変わり目って奴だろうか。

しかしそれにしても今日は途中からまったくがらりと暗転した一日だった。

カテゴリー: 未分類 | 暗夜行路 はコメントを受け付けていません

美貌の青空

4月4日、火曜日。

実をいうとほとんど家に篭っていたので、果たして今日の空が美貌の青空だったかというと定かでない。ただいつもより早く4時前に母のところに行くと、母の部屋の窓から見える空は穏やかだった。

ただ、今聴いている坂本龍一のアルバム「/04」の中の「美貌の青空」のストリングスアレンジがあまりにも素晴らしくて。

風邪はひいてなかった。しかし今はちょうど季節の変わり目というか微妙に暖房入れないとちょっと寒いという時期。体調を崩してもおかしくはない。

またしても昼前に挫けて昼寝。っつーか、眠くて頭に詰め物でもしているようでこれではどうにもならんと思ったので。午後は相場のトレード。というか午後、件の精神病院に入院している叔母(母の妹)を見舞いに行った方がいいかと思い、行く前にまだ入院しているか確かめようと病院に電話してみると、今日退院しましたということだった。なんかいつも擦れ違う。

相変わらず食事をするたびに眠くはなるんだけれど(まるで幼児だ)、今日は珍しく夜になって指標を挟んで相場をやり損切りを2回食らって久々にトータルでマイナスに転じた。これが失敗なのかというとそういうわけではなく、ようやく夜に仕事ができたという感じ。とはいうものの、このところの午前中の眠気を考えると、やっぱりどう考えても寝る時間が遅過ぎるということにようやっと気づき、2時には寝ようかなと。ということは逆算すると1時過ぎには寝床に就かなければならず(寝床で本を読むので)、そうするとそろそろ今日は店じまいする頃合。

カテゴリー: 未分類 | 美貌の青空 はコメントを受け付けていません

魔法の瓶

4月3日、月曜日。

何から書いたらいいのだろう。元気がない。というのも、例の音楽を教えてくれという彼、あれから二週間になるというのにいまだに連絡がない。なんだか女の子に振られたような気分だ。別にそこまで教えたいわけでもないし実際煙草銭にもならない程度なのだが、一応台所を片づけたりしたのでなんだか拍子抜け。

今日はこれといった予定もなく、夕方までに相場で50ピップス取れたのでま、いいかという感じで後はやる気を失くしてしまった。やっぱり今日も昼寝してしまった。1時間ちょっとだけど。相場のチャートのアラートで目が覚めた。いい加減ワンパターンだが、どうしてこう毎日毎日日中は眠くなるのか。朝は最終的に10時前に起きたのだが、足元が寒くて5時台に目が覚めてしまった。もう春だからと足元にかけていたタオルケットをやめたのが失敗だった。暖かくなったのは最高気温であって、最低気温はいまだに氷点下なのだ。

母のところから帰宅後の夜は、YouTubeで相場のテクニカルの勉強。しかしなんつーか、確実に頭が悪くなっている気がする。ひとつひとつの説明をそれなりに納得しても、頭の中でそれらがリンクしない。ああそうかという腑に落ちるところがない。結局難しくて使えないなと思う。実際のところ、僕が難しいと思うようなツールは使えなくても一向に差し支えないと思う。たぶん相場はそういった微に入り細を穿つというようなところではなく、もっと気まぐれに動く。複雑化するのではなく、単純化することで対応するのが一番いいのでは、とこれは相場を始めたころからずっと思っている。

それはそれとして、今日の問題はこれだ。

少々薄汚れているしピンぼけだが、これをなんと呼ぶのかというのを失念してしまった。「魔法瓶」という言葉しか浮かんでこない。しょうがないので「魔法瓶」でググってみる。すると、ひとつだけ同じ写真が出てきたのでその記事を読んでみると、その記事中ではこれを魔法瓶と呼んでいる。なんだ、やっぱり魔法瓶でいいのかと一瞬思ったもののなんか違うような気がする。それでタイガー魔法瓶のHPに行って商品情報を見てようやくこれが「電気ポット」なるものだということが分かった。言われてみればそうかと。

しかしなんで僕がこれを魔法瓶と思ったかというと、あながち昭和の人間だからとかそういうことばかりではなくて、現実問題として四年前に実家に戻ってくるまで、電気ポットというものを使ったことがなかったのである。いつもお湯は薬缶で沸かしていた。珈琲を飲むときは専用の珈琲ポットで、お茶を飲むときはそのつど薬缶で。基本的にお茶を飲むのは食後だけなので常に湯が沸いている必要はなかった。

で、実家に戻ってきて父が亡くなり母が入院して一人になってしまい、父の葬儀後のしばらくは線香を上げに来る人の相手をしなければならなかった。まったくもって恥ずかしいのだが、最初この電気ポットの使い方が分からなかった。水を入れておけば勝手に沸騰するというところまでは分かったのだが、「ロック解除」とかの使い方が分からなかった。それで客(車のディーラー)にお茶を出そうとして湯の出し方が分からず、客に使い方を訊いたという。まあそんなわけだから、これが魔法瓶じゃなくて電気ポットだということが分からなくても無理はない。ような気がする。

カテゴリー: 未分類 | 魔法の瓶 はコメントを受け付けていません

吸血鬼になりつつある

4月2日、日曜日。

今日は一応手帳に予定として「fragmentsを更新すること」と書いておいた。実際ネタもそれなりに考えていた。考えていたのだが……何しろ朝(?)起きたところから想定外だった。

とまあ、ここまではただ単に起きるのが遅かっただけと言えなくもない。それにしても遅いが。最近起きるのが遅いせいで、朝食後2時間もすると腹が空いてくる。そんなわけだから2時には昼食のパンを食べたのだけれど、驚くべきことにこれで眠くなってしまった! 一体何時間寝れば気が済むんだ、俺。とにかく、眠いのでベッドに潜り込んだ。すると、目が覚めるとなんと5時を過ぎていて、外は日が傾いていた。唖然。なんつーか、もはや吸血鬼になりつつある。とにかく日中眠くなる。深夜になると活動する。これが不夜城の都心に住んでいるのならまだ分かる。ところが実際は夕方7時にもなれば人っ子一人歩いていない田舎町に住んでいるのだ。「日曜日は寝て曜日」とか言っている場合ではない。さすがにこれは危機感を覚える。もう人間として終わってきてるんじゃないかと。

実際問題として終わって来てるんじゃないだろうか。もうかなり廃人化が進んでいるのでは。飲めないのに寝酒に飲んでいるのは真っ赤な梅酒。あれはさしずめ血といったところ。

そんなわけでほとんど意識がない時間の方が長いまま日が暮れてしまい、母のところに行って戻ってくるともう夜。夕食後、まだ予定通りfragmentsを更新するつもりはあった。気力があったかどうかはともかく。ネタというのはイシイさんのことを書こうと思ったのだが、そういえば昔のfragmentsにちょこっと書いたような気がして確かめる。すると、案の定昔書いた自伝(笑)に多少書いている。で、これを読んでいて、レコーディングの遅い方のスタート時間が18時と書いてあるのが引っかかった。19時じゃなかったっけ? うーん、思い出せない。30年前の手帳でも見つかれば分かるのだが。と、そこで現役のアレンジャーであるヨウタロウに訊けば分かるかとダメ元で電話してみた。

すると珍しくヨウタロウは電話に出て、案の定長電話になった。相変わらずヨウタロウは機関銃のように喋る。レコーディングのスタート時間の件は結局よく分からず、気がつくとギターの話、シーケンスソフトの話とかに話は飛んでなんだか収拾がつかなくなりそうだったので一時間ほどでこちらから切り上げる。しかし話を聞いていると現役のアレンジャー・ミュージシャンであるヨウタロウの方が僕よりもまともな生活時間で生活しているということに驚いた。昔は不規則過ぎて胃にポリープが出来て病院にかつぎこまれたことがある癖に。うーん。

というわけで、ヨウタロウと長電話してしまったので結局fragmentsを更新する時間はなくなってしまった。なんだかよく分からないまま一日が終わってしまった。蕭然たり。しかし久々にヨウタロウと電話で話していると学生時代とまったく変わらない。なんか、長いことこういう会話を忘れていたような気がする。とはいうものの、次はいつ電話に出るかはまったく定かではない。真面目な話、今年こそ四年振りに東京に行くかな。

カテゴリー: 未分類 | 吸血鬼になりつつある はコメントを受け付けていません

何も予定がない明日よりも多少ましだ

4月1日、土曜日。

スポーツバラエティのような実にくだらない夢を見て10時13分起床。今日の予定は夜Jリーグの大宮対鹿島を見ること。あとは母のところに爪切りを持って行って爪を切ること。それぐらい。まあ何も予定がない明日よりも多少ましだ。本当に最近は土日を有効に使えていないというか、何をしたらいいかわからない。やれること、やるべきことはいくらでもあるはずなのだが、実際問題として日中は途方に暮れてしまう。この辺のモチベーションのなさもある意味うつ病の影響か。2時キックオフのJリーグの試合まで待てなくて少々業務。町内の精神病院に入院している叔母を見舞ったものか迷う。業務先と目と鼻の先なので。しかしどうも勇気が持てない。何よりあまり首を突っ込まない方がいいような空気を感じているから。

一旦帰宅後、母のところに行って予定通り爪を切る。母のところから帰宅後はDAZNで延々とサッカーを見る。夕食後はBSで大宮対鹿島。まだ一勝も挙げられていない最下位のチームが相手でも、なかなか点が入らないともしかして負けるのではないかという不安を覚える。今日の鹿島は鈴木優磨とペドロ・ジュニオールのツートップ。これまで機能していなかったペドロだが、今日はこれまでの中で一番よかった。鈴木がポストプレーに徹していたせいだろうか、前を向いて仕掛ける場面、フィニッシュまで行こうとする場面多数。その代わりと言ってはなんだが、今日は鈴木優磨がシュートを一本も打てなかった。しかしながら後半の後半、その鈴木のスルーパスから土居聖真(山形出身)が値千金のゴール、これが決勝点となって0-1で大宮を下して鹿島は神戸と勝ち点差なしの2位に浮上。終始試合は鹿島が圧倒していたのだが、なんでこう安心して見れないのかなあ。たぶん今は日本代表よりも鹿島が負ける方が悔しいからかもしれない。それにしても土居聖真はいい選手になったなあと思う。もうちょっと点を取ってくれれば。

その後もDAZNで乾先発のエイバルの試合(乾が決勝ゴール)、シャルケ対ドルトムントのルールダービー、ケルンの試合、今は酒井宏樹先発のマルセイユの試合と今日はサッカー漬け。夜はサッカーを見ながら多少ギターの練習。そういえば、音楽を教えて欲しいという彼、あれ以来連絡がない。もしかしてこのまま連絡がないのかな?

このところの週末はどうしても土曜日にサッカーの試合が集中(Jリーグとブンデスリーガ)する傾向。もう少し土日に分散してくれるといいのだが。しかしもうちょっと土日を有効に使うことが出来るはずだ。映画を見てもいいし小説を書いてもいいし曲を書いてもいいしどこかにちょっとした旅行をしてもいい。はず。以前は手帳の後ろの方に煮詰まったときにやるべきことを箇条書きしていたんだけれど、実際問題としてそれを見てもやらない。たぶん手帳に予定として書き込まないとできない。ということは、手帳に予定として書けばいいわけだ。なるほど。

カテゴリー: 未分類 | 何も予定がない明日よりも多少ましだ はコメントを受け付けていません

「ストレスは身体に悪くない教」の信者になる

3月31日、金曜日。

朝の記憶がもうぼんやりとして思い出せない。眠かったことぐらいしか。こういうときは例によって朝のツイートを引用する。

というわけで珍しく東京市場の仲値に間に合い、朝食のトーストを食べながらちょこっとドル円をロングして少し取れた。それはいいのだが、結局朝食後に書斎でPCに向かって相場の想定とかやったものの、眠くてどうにもならない。頭の中におが屑やら削り節やら綿のようなものが目一杯詰まっている感じがして物を考えていられない。それでもなんとか頑張ろうと努力はしたのだけれど、昼近くなって遂に挫ける。これじゃあ眠くてダメ。というわけで少し寝ようとベッドに潜り込む。で、目が覚めると2時だった……。

なんでこんなに寝るんだろう? 一体どれだけ寝れば睡眠が足りるというのか。8時間? 今日は昼寝を足し算すると8時間以上っつーか9時間は寝ている。これではまるで子供だ。しかも呆れたことに夜夕飯を済ませたらまた眠気に襲われた。2時間も昼寝したっちゅーのに。どんだけ寝ればいいのか。やっぱり人間は寝るために生きているのか。

まあ考えてみれば昨日は散歩を始めとしてそこそこ身体を動かしたので、今日はどこかしら身体に来ててもおかしくはなかったから、それが眠気になってやって来ただけなのだろうか。どっちにしても、これだけ眠いと真面目な話何もできない。

ああそうだ。ストレス。夕方相場のポジションが含み損からようやっと脱しそうなところで固唾を飲んでいると、郵便受けに何か入った音がする。何かなと思って見ると町報だった。またチャートに向かう。固唾を飲む。また音がする。見に行く。今度は回覧板が入っていた。ここでポイントなのは僕が勘違いをしたこと。4月から(←ここ重要)向かいの人が隣組長になるのだが、それを先日の町内会総会以来そうなったものだと勘違いして、要するに向かいの人が二度訪れて、二度とも僕が在宅なのをわかっていながらドアチャイムを鳴らしもせずに郵便受けに入れていった、と思い込んだ。これはたぶん、実際のところは回覧板だけが向かいの人が入れていったのだろう。いずれにしても、大分前から向かいの人はドアチャイムを鳴らさずに黙って郵便受けに回覧板を入れていくようになったので、凄く気になっていた。それほど僕と口を利きたくないのだろうか、何か気に入らないことがあるのだろうかと。

で、それはもしかして実家に戻って以来近所の葬式の手伝い(受付とか)を僕が一度も引き受けていないことを苦々しく思っていることの証左ではないか、と思った。というか、何か気に障ることといったらそれぐらいしか思いつかず、考えれば考えるほどそのように思えてくる。前述のように今年は向かいの人が隣組長になるので、毎月の町内会費を集めるときはさすがに僕と顔を合わせないわけにはいかない。もしかして物凄く気に入らないと思っているのだろうか。という具合に被害妄想が炸裂、妄想は一度突入すると留まるところを知らず、物凄いストレスになった。いわゆる人間関係のストレス。一度気にし始めると気になって気になって、母のところから夜帰宅するころには妄想が全開してすっかり抑うつ状態になっていた。そういう状態に突入してしまうとなかなか抜け出せない。被害妄想と対人ストレスがセットになって僕をがんじがらめにする。こうなると果てしなく気が滅入る。ただでさえ近所付き合いが上手くできていないと普段気にしているのに、頭からどっぷりとその泥沼にのめり込んでしまった……。真面目な話、胃がちくちくと痛くなって潰瘍の薬(ドグマチール。抗うつ薬でもある)を飲んだ。こうなると気分が途轍もなく重くなり、それと同時に地球の重力まで増えて身体まで重くなるような気がする。ああそうだった、俺はうつ病なのだった……。というようなことを嫌というほど思い知らされる。

なんとかかんとか泥沼のスパイラルから抜け出せたのは、ツイッターのタイムラインで見かけたひとつの記事のおかげだった。それはストレスを武器に変える方法という長文の記事だったのだが、一番なるほどと思ったのは「強度のストレスを抱えていても『ストレスは健康に悪いと思わない』人の方が、ストレスを抱えていない人よりもむしろ長生きする」ということである。ああそこか、という感じ。つまりこれまで僕はすべての不調は全部ストレスのせい、と思ってきた。だからストレスを感じると具合が悪くなる。まずは精神的に。次に身体的に。この考え方を180度変えればいいわけだ。『ストレスは健康に悪いと思わない』ように。なるほど。がしかし、一体どうすればそんな風に思えるんだ? ストレスはやっぱりストレスだよね? これを、「ああストレスか。大丈夫。これは全然健康には悪くない」と思わなければならないわけだ。もうこれはそれを盲信的に信じ込む、刷り込むしかないんじゃないかなあ。ある意味宗教的に。つまり「ストレスは身体に悪くない教」の信者になるというわけだ。これはたぶん難しく考えたり論理的に考えると駄目だ。もうホントにプリミティブに感覚として受け入れないと。

というわけで、ストレスは健康には悪くないのです。今日から。

カテゴリー: 未分類 | 「ストレスは身体に悪くない教」の信者になる はコメントを受け付けていません

ふきのとうも芽を出し

3月30日、木曜日。

何やら夢を見て朝目が覚めたら9時、よし起きようと思った瞬間に次の夢に突入していた。サンドウィッチショップの店先に並んで順番を待っていた。前の人が注文している間にメニューを見て、2つほど目安をつけて自分の順番が回ってきてそれを注文するとないという。しかも両方ともないと。もう一度メニューを見るとさっきあったサンドウィッチがない。一体これはどういうことかと憤然としていると目が覚め、10時17分になっていた。結局昨日と大差ない。

朝食後、玄関の鍵を開けてついでに外に出てみると家の中よりも暖かいので驚いた。この山形の片田舎の町も知らぬ間にもう春になっている。これは暖房をつけて家の中に閉じ籠っている場合じゃないんじゃないかと思ったが、じゃあ春になると一日中外にいればいいのかというとそういうわけでもない。午前中から例によってちまちまと相場のトレードをやっていたのだが昼頃にやっぱり眠くなって少々昼寝。午後トレード再開もひと段落ついたところで方向性もよく分からなくなったので、久しぶりに散歩に出てみることにした。

散歩に出る前に庭先をぐるっと一回りしてみる。すると、ふきのとうがたくさんあった。確かにもう春なのだ。

中学のとき、在校生代表で答辞を読むことになり、母がその原稿を書いてくれた。その書き出しが「ふきのとうも芽を出し」だった。そこだけ覚えている。僕は心の中で「ふきのとうも芽を出し」と何回もつぶやいた。

散歩と言っても特にあてはない。ひとまず家の右手の方に歩いて、うちから二番目に近い寺(うちの周りには寺が四つある)の脇を入ってうちの向かいの寺の裏に出て、そのまま母のいる特養の面している道に出た。

夕暮れが近づいていた。なんだかパット・メセニーの昔のPVに出てきそうな風景だ。スーパーまで歩こうかとも考えたが、特に買うものもないのでうちの町内会をぐるっとまわってくる。トータル30分程度の散歩。戻ってすぐには家に入らず、向かいの寺の境内に腰を下ろして煙草を一本吸った。寺の境内の景色は、僕の子供のころの風景と不思議なくらい変わらない。しかしサイズ感だけが違う。子供のころ夕方5時に鐘をついていた鐘楼は昔よりも一回り小さく見える。もちろん、鐘楼が小さくなったわけではなくて僕の方が大きくなったのだ。

夕食前に母のところに行ってまた足をマッサージして、母を連れて隣のホールを5周歩いた。夜は夜で腹筋を少々。そういう意味では今日は何かと身体を動かした方になる。明日どっと身体に来るかも。

手帳に書いた今日の予定は「台所の片付け」だけ。一応午後にテーブル周りを片付ける。なんでかっていうと、例の音楽を教えて欲しいという生徒(なんだかこう書くと奇妙な感じだ)を教えるとしたら台所しかないからだ。一番楽器を置いてあるのは書斎だが、如何せんベッドを置いて布団を敷いているので。

昨夜久しぶりにコメントをもらったので夕方返事を書いた。まだ知らない方が継続的にこの日記を読んでくれているというのは、なんだか不思議な感じがしないでもない。以前とは違って、もう本当に滅多にコメントなど来ないので。今考えると、うつ病がもっとも酷くて薬漬けになっていたころ、毎日のように常連の読者からコメントをもらっていたことが実に不思議に思える。彼らは今、どうしているのだろうか。

それはそうと、昨夜作詞家の及川眠子のツイートで、シンガーの菅井えりが昨年末に亡くなったことを知った。僕の現場の最初の仕事が彼女のファーストアルバムのレコーディングだった。僕がその仕事を引き継いだN田も10年以上前にまだ40代で亡くなった。いろんな人が少しずついなくなっていく。僕がいなくなるのは最後だ。僕の世界では。

カテゴリー: 未分類 | ふきのとうも芽を出し はコメントを受け付けていません

停滞感による閉塞感、あるいは閉塞感による停滞感

3月29日、水曜日。

停滞感による閉塞感、あるいは閉塞感による停滞感。にわとりが先か卵が先か的な。久しぶりに抑うつ状態による(と思われる)指先の痺れが復活。具体的に何がどうというものがあるわけではなく、漠然としたストレスがある。そのせいでちょっと便秘気味。あれもストレス、これもストレス。

まず起きたのが遅過ぎた。10時58分。ほぼ11時。これではなあ。朝食の1時間半後には昼食という、食生活までリズムが悪くなる。今日は夢を覚えている日だった。

しかしまあどうでもいい夢である。というか、大抵の夢はどうでもいい。台所で朝食を摂りながらツイッターのタイムラインをチェックしていると、寝ている間にドル円が111円を超えていた。これは想定外。それですっかり相場が分からなくなってしまった。実際今日の相場は難しかった。たぶん早く起きていても同じことになっていただろう。これだから年度末とか月末とか嫌い。そんなわけで、今日の停滞感の一番の要因は相場がよく分からなかったということだと思う。正直手が出なかった。いや、ちょびちょびと恐る恐る手を出したことは出したんだが、ほとんど何もしていないのと一緒。

相場があまりにも手が出ないのと、起きた時間があまりにも遅かったので何をするにも中途半端になり、パンの昼食後に銀行に行くついでに業務に行ってみた。相変わらず釘的には完全に煮詰まっている。それでも少しばかりの結果は出したが運頼みなのですっかり嫌になる。

帰宅後からちまちまと相場のポジションは取ったものの、結局運任せの業務とやってることはさして変わらず、ますます停滞感と閉塞感が増すばかり。なんかこう、じわーっと嫌な感じで焦燥感が身体の中に渦巻いている感じが抜けない。実際今日の自分は何もやっていないという感じがする。で、だからといって何をすればいいというものも見つからないというか分からない。

こういうときは何をやっても上手く行く気がせず、母のところに行って母の足を10分マッサージしたらバテた。人に自慢できるくらいの体力のなさ。つくづく嫌になる。マッサージでバテてベッドの脇で舟を漕いでいる自分がいる。

そんなわけだから帰宅した夜もうじうじーとしたまま時が過ぎる。なんていうか、手探りで生きてる感。ウジ虫感。やっぱり早く起きるところから始めないとダメかなーと思う。朝起きられないと一日のリズムがすっかり狂う。あと体力。また散歩でも始めるかな。ホントは筋トレが必要な気がするけど。

カテゴリー: 未分類 | 停滞感による閉塞感、あるいは閉塞感による停滞感 はコメントを受け付けていません

まったく火曜日感がない

3月28日、火曜日。

どういうわけか今日も朝6時半に目が覚めた。それも比較的すっきり目が覚めるのである。今にして思えば今日は燃えるごみの日だったので、そのまま起きてごみを出してもよかったなあなどと思うものの、さすがに睡眠時間が3時間台では到底その後もたなかったと思う。というわけで当然の如く二度寝をして10時前起床。今日は夢をすっかり忘れてしまった。

一応7時間ぐらいは寝ているはずなのに、朝食後相場の想定をした後眠気が襲ってきて結局昼寝。なので相場のトレードは昼食後から。

今日は火曜日なのだがまったく火曜日感がない。週末かあるいはせいぜいが水曜日ぐらいの感覚。なんでかというと夜にサッカーの代表戦があるから。それで母のところにも早めに、4時ごろに行く。夕食後、W杯予選日本対タイ、キックオフ。

先発は前回のUAE戦から負傷離脱した大迫と今野のところを岡崎と酒井高徳に入れ替えただけ。ただシステムは4-3-3から4-2-3-1に戻す。結果だけ見ると4-0と文句のつけようがないのだが、内容はおよそ酷いものだった。とにかく中盤から後ろのビルドアップが全然できない。4-2のところがホントに酷かった。ただビルドアップできないだけではなく、ミスを連発して相手ボールにしてしまう。内容はむしろタイの方がよかった。実に不思議なことに決定力の差がスコアにそのまま出てしまった。タイ側から試合を見ると、いい感じで攻め込んでいるのに一向に得点できない。決定機も川島のビッグセーブに防がれてしまう。挙句の果てにはPKも止められる。これはどこかで見たことがあるなと思ったら、かつての日本がそうだった。チャンスを作れど作れど点を取れないという。逆に日本側から見ると、ろくに組み立てもできない酷いサッカーをしているのに何故か簡単に点が入る。えっ?っていうぐらいにあっさりと点が入るという実に不思議な展開。まあ今日の試合は4点のうち3点はほとんど久保が一人で決めたようなもので、正直久保がいなかったらどうなったか分からない。原口も出来が悪かったし。(HSVでボランチをやっているとはいえ)酒井高徳のボランチも機能しなかったけれど、それを言うなら山口蛍の出来もおよそ酷いものだったし、森重、酒井宏樹はミスを連発して目を覆わんばかり、長友の劣化も明らかだった。得点を決めた岡崎もそれ以外は消えている場面がほとんど。途中から入った本田は今の代表のプレースピードではない。遅過ぎる。なんていうか、大迫と今野の二人がいなくなっただけでこんなにも酷いサッカーになるのかということに唖然とした。もちろん長谷部もそうだけど。今日勝てたのはラッキーだったと思うしかない内容だった。

そんなわけだから、スコア上は大勝したにもかかわらず実にすっきりしない。内容と結果がここまで乖離した試合も珍しい。次が6月と間が空くのが幸い。個人的にはセンターバックは森重じゃなくて昌子を使ってくれよと強く言いたい。一体いつになったら使うのだろう。それと長友はもう以前の長友ではない。現時点では両サイドバックが日本の弱点になりつつある。ウッチーは6月に間に合うのだろうか? もうちょっとこれは、というサイドバックはいないものか。

それはそうと、夜になって日本コロムビアがフェイスの完全子会社に、というニュースを見てびっくり。日本で一番古いレコード会社なのに。とうとうそういう時代になったのか、という感じ。

カテゴリー: 未分類 | まったく火曜日感がない はコメントを受け付けていません

それは相対的には理屈にかなっている

3月27日、月曜日。

昨日はさすがにいつもより少々早く寝た。そのせいなのか、朝6時半に一度目が覚めてトイレに行った。わりとすっきりと目が覚めたのだけれど、いくらなんでも早過ぎると思って二度寝して8時46分起床。昨日の暴力的なまでの疲労感は今日になってかなりマシになった。

以前も書いたことがあるけれど、朝起きた時間を手帳に書き込むので、目が覚めるとまず時刻を記憶して、それを台所に行って手帳に書くまで覚えておく必要がある。大概の場合、そのせいで夢の内容をすっかり忘れてしまうことが多いのだけれど、たまにかなり鮮明に覚えているときがある。それは夢の内容がどうこうというよりも、その日によってということみたいだ。それで、今日は夢を覚えている日だった。不思議なことに最初に目が覚めるまで見ていた夢と、二度寝してから見た夢の両方を覚えていた。

ここでは六本木と書いてあるが、これはいつも夢に出てくる六本木とも渋谷ともつかない街。勾配があって高低差があり、そういう点ではどこか麻布辺りのような感じもするし、かと思うと地方都市のようだったり。そして街の雰囲気自体も今のようだったり昭和のようだったりする。なんで荻野目洋子が出てきたのかというと、たぶん昔「六本木純情派」という曲をレコーディングしたときに会ったからだと思う。そこそこヒットした。正直言って荻野目はむすっとして感じ悪かった。メディアが取材に来た途端に作り笑いを浮かべたので余計印象がよくない。

日中はちまちまと相場。午後になって相場のチャートを見ているうちに眠くなり、今日も小一時間ばかり昼寝してしまった。相場があまり動かないから眠くなるのだけれど、大きく動くときは意識がない。まあなんというか、それは相対的には理屈にかなっている。

冒頭にも書いたように、今日は座っているだけで疲れるとか、背中や腰が痛いだのへったくれだのということはなかった。そこから察するに、どうやら絶望的に体力がないというわけではなさそうだ。もしかしたら昨日は風邪気味だったのかもしれない。

ところで、とっくにお気づきだと思うが、数日前から日記のタイトルが長くなっている。これは単純に文中から引用しているからで、今読んでいる村上春樹の「騎士団長殺し」で章題を章中の文章から抜き出しているのをそっくりそのまま真似している。「騎士団長殺し」自体はまだ第1部の途中で果たして面白いかどうかはともかく、この文中から抜き出してタイトルにするのはいいアイディアだと思った。何しろタイトルを考えなくて済む。今まではまずタイトルを書いてから日記を書いていたので、日記を書く以前にタイトルが思いつかなくて5分10分煮詰まるということがよくあった。そこで苦肉の策として考えたのがそのときに聴いている曲名を日記のタイトルにするという作戦なのだが、如何せんこの場合は日記の内容とまるでリンクしないという欠点がある。そんなわけで数日前から、日記を書き終わってから抜き出してタイトルにしている。これは楽。ただし長くなるのが難点と言えば難点。

カテゴリー: 未分類 | それは相対的には理屈にかなっている はコメントを受け付けていません