雷とチャルメラ

5月6日、月曜日。

ようやっと連休が終わる。助かった。この連休中に何が気になっていたかといって、差し歯が取れてしまったら歯医者が休みだから最悪だなということだった。

何時ごろだったか、午後トイレの水を流すのと同時に気味の悪い音がした。なんだか地の底から聞こえてくるような音だ。ある種の心霊現象かと思ったら昼から雷が鳴っていたのだった。雷鳴はしばらく続き、落雷の音がした。5時ごろに母のところから帰るときには雨は上がっていた。ところが、夕食後の夜、台所でYouTubeの動画を見ていると動画の音が聞き取りにくいぐらいの雨の音。そしてまた雷。その土砂降りの雨の音の中、チャルメラの音が聞こえてきた。この雷雨の中、しかも(この田舎町にしては)夜中に一体何を売っているのだろうか。以前から気になっていた。ただ単にチャルメラの音を聞いただけではそれが何を意味するのか分からない。これが都内だったらラーメンの屋台だと思うだろうが、この山形の片田舎の町で大半の人が夕食を済ませた時間に、しかも土砂降りの雨の中ラーメンの屋台など引いて通るのだろうか。ましてそれが商売として成り立つとはとても思えない。そういう意味でもこのチャルメラの音もまた、ある種の心霊現象のような気がした。

今日の母はいつにもまして頼りなかった。先日来、令和の令という字を書けなくて苦労していたので、今日も書かせてみたのだがやはり覚束ない。スマホで撮った「令和」(ホールの前に飾ってある書)を見せながらでもなかなか書けない。しょうがないので生年月日を書かせてみると、昭和の和が抜けたりする。終いには「分からない」を連発してしまう。それがどの程度分からないのか、今日がいつもよりもひときわ分からないのか、そういうことも僕にはだんだん分からなくなってしまった。なんだかちょっと悲しくなってしまい、雨上がりの特養の駐車場の車の中で煙草を一本吸った。

夜、ツイッターで阿部和重が神町三部作の最終作を書き終えたとツイートした。

以前にも書いたが神町は最上川を渡った隣町。それにしても、もう二十年になるのか。僕が最初に阿部和重を知ったのは、ケイが「アメリカの夜」を読んでいたからなのだが、そう考えると確かに二十年前だ。笑っちゃうがその二十年前に既に僕はこのsomething newを書いていた。ケイはそれを読んで僕に神戸からメールを送ったのだ。まだブログなんてものは存在しなかった。エディターでHTMLで書いていた。そう、考えてみれば今だってそんな風にHTMLで書いたっていいんだ。それにしても、二十年以上、僕は一体何を書いているのだろう?

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