When I’m Sixty-Four

7月19日、金曜日。

9時16分起床。

今日が64歳最後の日だ。で、何をしたかというと、さほどのことは何もしていない。昨日抜歯をしてアルコールを禁じられていたので寝酒の梅酒を飲まなかったせいか、朝方悪夢を繰り返して見た。朝食後昼寝をしても同じだった。歯を抜いても歯茎が腫れて痛いので、食事は相変わらず豆腐一丁。日中業務少々も、見ない予定だった「JIN-仁ー」完結編を見続けている間に相場が大きく動き、出遅れて取ったポジションで微損。夕方歯医者で消毒。以降は「JINー仁ー」の続きをひたすら見る。

結局のところ、今日に限らず64歳という年をどう過ごしたかと言えば、バンドのサードアルバムをリリースしたことぐらい。なんだか同じところを堂々巡りしているうちに年を食っているような気がしないでもない。それを言うなら、田舎に戻って以来、バンドをオンラインで再開した以外は、ほとんど何もしていないに等しい。もっとさかのぼれば、50代の10年間も、途中震災こそあったものの、個人的には何一つやらなかったようなものである。考えてみれば、うつ病になって以来、病気と薬にただただ振り回されてきた。そんな風にして人生の3分の1をただなんとなく流されて過ごしてしまった。

もちろん、例えば2013年のように、次から次へと災厄が襲ってきた年もあった。個々の一日を考えれば、相場の大きなポジションを抱えて完全にテンパって過ごした日もあることはある。ただ、何があろうと人は日一日と年を重ねる。例えバンドのアルバム1枚を完成させたと言っても、何かをやり遂げたという実感はないものだ。いくらなにがしかの日々を重ねても、月日を重ねても、振り返ればなんとなく過ぎたように思える。人生とはそういうものなのかもしれない。常に何事かを成し遂げたと思えることはほとんどない。ある時期はプラグインを調べることに日がな熱中したりしたが、そういう、何かに夢中になったときがあればそれでいいのかもしれない。ただ僕らには常に今しかない。今を生きるしかない。

先日銀行の口座を作ったときに還暦前と間違われたが、夜、久しぶりに町営の温泉に行って鏡に映った自分の上半身はシミだらけの老人の身体だった。明日からは60代後半なんだから、これが当たり前なんだろう。実際、俺はいつまで生きられるのだろうか?

と、ここまで書いて何かやらなければと、バンドのLINEに2曲分のファイルをアップ。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク