草の上を歩く

二度寝して、珍しく淫夢を見た。ちょっと不思議な感じがする。現実の僕は性欲の気配などないというのに。二度寝しても7時に起きてしまい、相変わらず十分な睡眠が取れない。

朝方病院と電話のやりとりをして、午後の3時半に母を精神科に連れて行くことになった。業務中に母の診察券を忘れたことに気づき、1時過ぎに切り上げて一旦帰宅、中途半端に時間が出来たので書斎を片付けたりしてみる。

母を精神科に連れて行くと、3時半が一番待たなくて済むという事前の話だったのだが、結局1時間ほど待たされた。母は待合室のテレビを見ているような見ていないような、ある意味時間とは無関係なところにいるように見える。診察を終えて薬を処方薬局で受け取るころには5時を過ぎ、夕食の時間を考えると自宅に連れて行くのは無理、なので近くの公園に母を連れて行った。ここに来るのは昨年の今ごろ、母を連れてきて以来だ。

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公園の桜はとっくに散っており、鯉のぼりが飾ってあった。空には雲ひとつなく、晴れ渡っていた。僕は母を連れて芝生の上のベンチに座った。母が少し寒いというので僕が着ていたスタッフジャンパーを着せた。母は相変わらず時間とは関係なく存在しているようで、何も考えていないように見える。15分かそこら、ぼんやりとベンチに座って夕暮れの風景を眺め、そろそろ病院に戻ろうと母の手を取って駐車場の車に向かった。そしてふと、母はもうこうして草の上を歩くことは二度とないのかも知れないと思った。そう考えるとなんとも言えない気持ちになった。もちろん、母の頭にはそんなことはちっともない。ただベンチに座っているとき、ここを見て田沢湖を思い出した、とぽつりと言った。

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母にどれだけのセンチメンタリズムが残っているのか、傍目には分からない。今日の母は感情をほとんど表に出さない。それがある種の諦念のようなものなのか、推し量る術はない。ただ母があまりに超然としているので、僕もずぶずぶとセンチメンタリズムに埋没せずに済んだ。僕も諦念の中にいるのだ。

帰宅して夕飯を作る。と言ってもディスカウントショップで買ったタイカレーをレンジで温めただけ。量は多いが200円ぐらいで買っただけあって、具がほとんどない。ごぼうと思えるものだけ。それでも食べ終えると疲れもあってどっと眠くなった。困ったことに今夜は9時半にアメリカの雇用統計が控えている。相場が動く一大イベントである。しかし眠い。迷った挙句、ポジションを取って寝てしまうのは怖いので、携帯のアラームを2つセットしてソファで1時間弱寝た。雇用統計は幸いにして裏目らなかった。ポジションを手仕舞いして、YouTubeで何年か振りでレニー・クラヴィッツのアルバムを聴いた。考えてみると僕はレニー・クラヴィッツのアルバムをMDでしか持っていない。昔あれほど好きだったのに、何故か今聴くと少し精神的に不安定になる。結局、ジャズに戻る。

今日はここまでのところ、煙草の本数が増えた。母の精神科の待ち時間が長かったので、外で吸ってしまったりしたこともあって。明日から世間は4連休、はて、どう過ごしたものか。天気予報を見ると、土日は天気がよさそうだ。どこか行ってみるかな。


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