命日

2月4日、土曜日。

今日は父の命日。業務で大当たりが出た瞬間の夢を見ていると、9時13分、弟からの電話で叩き起こされた。電話の内容は10時ごろに仙台を出るというただそれだけ。またもや朝から頭痛、アドヴィルを飲む。弟夫婦は午前中に到着。3人で寺へ。ドカ雪で墓参りは無理なので、位牌堂だけに線香を上げる。それから一緒に昼食をということで、実に久しぶりに地元名物の冷たい肉そばを食べに行く。

という具合に、いつも阿呆みたいに混んでいる昼時の人気店、一寸亭が12時台に空いていたのに驚いた。なんか外食をしたのって半年ぶりぐらいのような気がする。それぐらい最近はラーメン一杯も外で食べていなかった。一旦自宅に戻ると昨日に引き続き玄関の屋根から巨大な雪塊が落ちていて弟と二人で雪かき。弟夫婦は1時過ぎに母のところに行ってそのまま仙台に帰る。

2時からDAZNニューイヤーカップ、鹿島対横浜FCを見るが、8人まで交代できるプレシーズンマッチで鹿島がJ2の横浜FCに0-1で敗れ唖然。今日のところは攻撃で決め手に欠けた。メンバーは揃っているのになんでだろうか。前半は普通に圧倒していたのに後半になって1点を取られてから横浜FCのリズムになってしまった。

夕方、またもや玄関の屋根から雪が落ちて雪かき。昨日今日と雪が降らず、今日は比較的暖かかったので雪が融けた。6時半ごろに母のところに面会。夜は高梨沙羅が51勝目を挙げたジャンプ女子W杯を見て、それから大迫先発のケルン対ヴォルフスブルクの試合(1-0)をDAZNで見た。

命日って英語でなんていうんだろうとググってみると、anniversary(~’s death) だった。ということは記念日なのか。そういわれてもどうもめでたいという感じはしないし何かを祝っているという感じもしない。忘れないための、思い出すための日のような気がする。だがしかし、父が倒れてからこの方、一日たりとも父を忘れたことはない。それはまさしくそうなのだが、一方で思い出せば、父が存命中で自分が首都圏で一人暮らしをしている間は父の存在を忘れている日の方が多かったことも確かなのだ。亡くなってから毎日毎日父のことを思い出し、考えている。それはやっぱり慚愧だ。もっともっと、ずっと前から僕は父のことを思い出すべきだったのだ。父は僕のことを忘れた日などなかっただろうから。

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