憎悪、64

12月15日、金曜日。

という具合に珍しく特に何の用事もないのに8時ごろに起きたので、普通ならこれが今日の日記のテーマになるはずなのだがさにあらず。そのまま起きていると煙草の本数が大変なことになると思ったし、睡眠時間も6時間ぐらいなので今日も午前中に調整の昼寝。それから相場少々。欧州時間までヒマになったので業務。で、問題はここから。

4時過ぎに業務から帰宅すると、ちょうど家の前に隣組長である向かいの人がいたので、今日は15日だから町内会費の集金に来たのだなと。それはいいのだがよろしくないのは、彼がうちの駐車場の電動シャッターの音がうるさいと言ったこと。油を差した方がいいとかなんとか。まあ近所関係で来年は僕が隣組長をやらなければならないとかいうこともあってそのままそうですかとか言っていたが、彼が帰ると憤懣やる方なく、もう本当の殺意に近い憎悪を覚えた。確かに金属音が耳障りでうるさいと言えばうるさいが、それもたかだか開け閉めする30秒とか40秒のこと、大体に於いて隣の家から苦情が来たこともないし、向かいと言っても寺の隣だから正確には斜め向かいの家にいてあんなものがうるさいとは、ケチをつけるにもほどがある。世間によくある近隣のトラブルというものはこうして発生するのかと。一番頭に来るのはこの先のことがあるからことを荒立てるのが一番厄介だということで、そういう意味ではこっちは我慢してシャッターを開けっ放しにするぐらいしか対策がないのが腹が立つ。元々実家に戻った当時しばらくは、もしシャッターが開かなくなったらどうしようという強迫性障害的な強迫観念に捉われてシャッターを閉じたことはなかったのだが、一昨年ぐらいだったか、一度車のワイパーをいたずらされたことがあってそれ以来シャッターを閉めるようになったのである。それにしてもこの怒りをどこに持って行ったらいいのか。まさにやり場のない怒り。無用なトラブルを避けるため、誰それが気に入らないからというそれだけのことで何万もかけて壊れてもいないシャッターを直すなどというのは言語道断、まさに何をどう考えても気に入らず不愉快なことこの上ない。今回の件で向かいの人は自分の中で決定的に嫌な奴と断定されて、デスノートがあったら真っ先に名前を書く候補となった。

とにかく自分でもびっくりするほどの憎悪感情で僕の頭はパンパンになってしまった。まさに不愉快の塊といった風情。まあただこれがエスカレートするといろんな事件に発展しちゃうんだろうなという論理的な思考も頭にはもちろんあるのだが、何しろ感情の方がどうにも。要するに納得というか得心がいかない。まさに煮え湯を飲む思いで普段はシャッターを閉めず、何日か家を空けるようなときだけ閉めるようにはするが。かつての僕であれば気に入らないなら民事訴訟でもしろと食ってかかるところである。

と、思い出すとまた腹が立つ。

なので、夜は相場にも集中できそうもないので昨日からアマゾンのプライムビデオで見始めた瀬々敬久監督「64-ロクヨン-」の前編の続きから最後まで見て、勢いでそのまま後編も最後まで見た。都合丸々二時間の映画を二本見た勘定になる。で、二時間×2でこれかよ、というのが最後まで見た感想。横山秀夫(原作)の話というのはとにかく安っぽいセンチメンタリズムとか正義感といったものに帰着して、この「64」なんかは典型的にそうだが論理的に詰めるとプロット自体は破綻している。よって、いくら永瀬正敏がハナを垂らしまくって熱演してもかえってしらけてしまうのである。登場人物全員が情に流されているし、なんつーか、もうこうなると自己陶酔型の話しかこの人は書けないんじゃないかと。救いがないのはユーモアがまったくないこと。リアリティも論理性もないお涙頂戴の浪花節で2時間×2っていうのはさすがに無理がある。とかく横山原作の映画は「慟哭の結末」とかそういう大仰な惹句が必ず付いて回るのだが、この後編のラストを見てもえっ?これで終わり?みたいな、なんですか感が残るだけである。11歳の少女が車でしか行けない場所にいつの間にか誰にも目につかずに行くとか、ディテイルのリアリティをひとつずつ取り上げるともうボロボロ、要するにセンチメンタリズムを取り除くと何も残らない。ただ、この前後編に渡る長い映画を見ている間は、前述の憎悪を忘れていられたのが救い。とにかく横山秀夫に関しては「このミス」で1位とか、物凄い大仰な惹句であるとか、いかにも物凄い作品風味に騒ぎ立てられている割には読むとがっかり、というものばかり。僕自身は単純に筆力の問題だと思っている。端的に言ってつまらない。いや実際、最近の「このミス」の1位ってホントつまらない。なので最近はまったく参考にならない。最近でいえば米澤穂信の「満願」とか。この程度で1位かよ、って感じ。ストーリーテリング的に物足りないものが多すぎる。正直ミステリとかエンターテインメント作品は面白ければそれでいいと思っている。そういう意味で妙に格好だけつけて面白くない作品が多すぎ。近年(でもないか)では高野和明の「ジェノサイド」が面白さという点では断トツで突出していて、あれを超える作品はいまだひとつもない。

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